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解放者たち 第二部  作者: habibinskii
第六章
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10

 港に近い国士の像の立つ広場、その北側の建物に例の船の面接会場はあった。数十人の希望者が出入り口付近に集まっていた。二十代から四十代の男ばかりで、女の希望者はごく少ないようだ。ティセは着くなり「ちょっと尋ねてくる」と言って、関係者を探しに建物のなかへ入っていった。リュイはとりあえず、面接の列にひとり並んだ。

 しばらく待っていると、たったいま面接を終えた男が出入り口から出てきて、リュイに明るい声をかけた。


「あ、きみ! 本当に来たのかい」


 一昨日、相部屋で求人広告を見せてくれた青年だ。面接のために着ていた洋装のシャツの襟もとを緩め、緊張から解き放たれてほっとしたように笑んでいる。リュイは会釈を返した。


「あのイリアの子は?」

「面接を受けられるかどうか、いま尋ねに行っています」

「そう。にしても、もっといっぱい希望者がいるかと思ってたけど、そうでもないね。近頃はすっかり景気が上向いて、どこの募集も売り手市場のようだな。これもみな終戦のおかげなのかね」


 相づちを打ち、


「面接の結果はいつ?」

「明日の午後にまた来いって」


 青年は驚きを思い出したように声を高くして、


「そうそう、きみたちいまいったいどこに泊まってるのさ! すごい馬車に乗って宿から出て行くの、見たよ!」


 リュイは薄く笑い、


「ある会社の経営者と知り合いで、そのひとの屋敷に世話になっています」

「へえ! そりゃ幸運だねえ」


 そこへ、ティセが意気揚々とした面持ちで戻ってくる。なにやら足取りも堂々として得意げだ。


「あ、こんにちは! 一昨日はありがとう。来てみました」


 青年は片手を上げて「やあ」と言ってから興がるように、


「で、どうだった? 面接受けさせてもらえるって?」


 それが…………と無念そうに声を落とした。と思うと、くるっと変わって満面の笑みになり、


「もう、受かっちゃった!! びっくりだよ!!」

「えええ――――っ!?」


 青年は声を上げて驚き、リュイは「え?」と若干目を見開いた。ティセはアハアハと笑いながら顛末を語る。


「奥の事務所に行って聞いてみたんだ。最初に聞いたひとは戸惑ってたみたいだったけど、上のひとに取り次いでくれたの。そしたらそのひとがね、私のこと見てえらいおもしろがってくれて即決しちゃったよ、自分でも驚いた。一等か二等の給仕係でって言われたよ」


 私のことを見て…………リュイはなんとなく納得した。異国風の顔つきをした、男の子の恰好がとてもよく似合う凜々しい女の子、加えてティセは容貌風姿も充分整っている。一等や二等の給仕たちは容姿の優れている者ばかりだろうが、ティセはそのなかで変わり種として評判になると考えたのだろう。

 ティセは得意顔をリュイに向け、


「あとはおまえが受かってくれないと! 頑張ってよ」


 肩をぽんと叩く。


「ん……」


 そのうちようやく順番が回ってきた。


「頑張って~!」


 ティセと青年を外に残して、リュイは面接の行われている部屋へ入っていった。

 人足として働いた経験は幾度かあったが、こんなふうにきちんと面接を受けるのは初めてだ。リュイは非常に憂鬱だった。

 一礼をして部屋の中央にある椅子へ腰かけた。正面の事務机には恰幅のよい面接官の男がふたり並んでいる。いずれもシュウ人の服を着て象牙の煙管を手にしていた。リュイを見るなり、


「ほお…………!」


 唸り声にも聞こえる溜め息をついて目を瞠った。


「名前は?」


 リュイは氏名を答えた。


「船で働いた経験は?」

「ありません」

「給仕の経験はある?」

「ありません」


 右の面接官が左のそれに小声で言う。


「なくてもいいだろう、研修で仕込めばいい」


 左の面接官も小声で返す。


「だな。これは決まりだ。――――ああ、きみ、身分証を見せてくれるかい」


 身分証を出す前に口を開いた。


「あの…………希望があります」


 リュイは自分の考えるところを述べた。





 面接を終えて外へ出る。青年と楽しげに話し込んでいたティセが振り返る。


「どうだった? 手応えあり?」


 リュイは小首を傾げ、


「ん……どうだろう、分からない。明日結果を聞きに来いと」


 心配はいらないとばかりに、青年はにかっと笑う。


「きみの見てくれなら確実だよ。給仕は容姿で決めてるようなもんだもの」

「…………」


 ティセは目元をぴくりとさせて、


「そう? じゃあ即決した私は自信もっていいってことだ」


 冗談めかして言った。


「いいともいいとも! きみは充分に魅力的(チヤーミング)だよ」


 青年は可笑しそうに言って、船で会えるのを楽しみにしているよ、と手を振って去って行った。












 天井に吊り下がる、数え切れないほどの硝子玉がきらめく食堂の円形照明器具(シヤンデリア)は、まるで巨人の宝冠だ。その真下、黒光りする紫檀の食卓に着いてティセと夕食を取る。ナイフと肉叉(フォーク)の苦手なティセを気遣っているのか、昨夜も今夜も屋敷ではシュウ式の食事を供された。銘々盆にすべての料理が載っているので、給仕は世話をすることがあまりない。広い食堂にはふたりのほかに執事と、部屋の隅に若い女の給仕がふたり、手持ちぶさたであっても姿勢を正して品良く立っている。

 ティセが強く促して、執事には席に着いてもらった。客人といえど、老境に入った執事を立たせたままにしておくのが、ティセには耐えられないのだろう。執事は申し訳なさそうに微笑んだのち、そっと椅子へかけた。茶を飲みながら話し相手をしてくれる。


「今日はどちらへ?」

「ランタリアに行く船の、臨時乗務員募集の面接に行って来ました」


 その島国へ渡るつもりだと昨日話していた。ティセがにこにこして答えると、執事は思いがけないことを聞いたとばかりに目を丸くして、


「面接? 船で働くおつもりですか?」

「可能なら。知ってますか、ランタリア周遊号」


 一瞬唖然としていたが、すぐに、


「ええ、ええ、存じております。運航を始めたばかりのころにはなかなか話題になっておりましたから…………そうですか、ランタリア周遊号ですか…………」


 その言の最後のほうは、何故か声が曇っていた。なにか思うことがあるかのように、言葉尻を濁していた。ティセは気づかないのか、


「アズハーさんは乗船したことありますか?」


 変わらぬ調子で尋ねた。すると、執事は当惑気味に白髪交じりの眉を寄せ「滅相もございません」などと言う。

 ずいぶん気に懸かる言いかただ、リュイは食事の手を止めて、


「なにか、よくないことのある船なんですか?」


 暫し黙していたが、執事はどう話そうか迷っているような言葉つきで、おもむろに語り始める。


「いえ、そういうわけでは決してないのですが……。あの船を運航している会社……ラムチャンドラ財閥系の会社なのですが、ご存じでしょうか」

「いえ、知りませんでした。それがなにか……?」

「…………アズハーさまとラムチャンドラ家の大旦那さまは犬猿の仲でして…………ラムチャンドラ家に少しでも関わることがあれば、アズハーさまは子供のように癇癪を起こしてしまわれるのです」


 そんな姿を想像したのか、ティセは不躾にも吹き出した。


「ランタリア周遊号が話題になっていた時分には「沈めてやる」などと縁起でもないことをつぶやいておりました」


 ティセは再度吹き出した。


「ですので、その話には触れないようにしたほうがよろしいかもしれませんよ」

「…………」


 ティセは声を押し殺すようにして笑っていたが、急に気づいたように笑みを収め、


「ラムチャンドラ…………前におまえが読んでた本に出てた家? 大昔の実業家で、娘が女政治家だったっていう?」

「そう」


 執事は少々驚いたように、


「よくご存じですね」

「いまでもその家はあるんだ」

「ありますとも。シュウ屈指の財閥です」

「へえ……でも、なんでそんなに仲悪いんですか……」

「それについては、私の口からはとても…………」


 灰色の口鬚を押さえるように手をやって、戯け気味に口を塞ぐ。


「そうだ、あの首飾りについて見てもらおっか」


 ティセは思いついたように、リュイに目配せをして言った。小鉢の水で指先を洗うと、していた首飾りを外し、細密画と秘密の手紙をよく見えるようにして執事に手渡した。


「その絵の人物や、手紙に書いてあるひとの名前に心当たりありませんか? たぶん、一五〇年くらい前のお金持ちの家のひとだと思うんです」


 執事は左胸の衣嚢から老眼鏡を取り出して掛け、老いた目にはあまりに小さな細密画と手紙をしげしげと眺めた。


「……アヌラ・ヴィヤティッサ…………ハルジイ・プラサード…………ふううむ……残念ながら心当たりは浮かびませんねえ……」


 申し訳なさそうに言って、老眼鏡を外した。


「そうですか……アズハーさんなら心当たりあるかなぁ……」


 ティセが独りごとのように言うと、執事は肩をすくめて、


「どうでしょうかねえ…………アズハーさまは上流社会のことはてんで興味ないご様子でいらっしゃいます。学者や芸術家や作家であればご存じかもしれませんが……。このヴィヤティッサ家やプラサード家がもしもシュウの名のある家だとすれば、紳士録に載っている可能性がありますので図書館に行けばなにか分かるかもしれません」


 ところで、と執事は呆気に取られたような顔になり、


「ランタリアへいらっしゃるのは、もしやこの宝物のためでしょうか……?」


 ティセがにっこりしてうなずくと、折り目正しい執事らしからぬ高らかな声で笑った。


「本当におふたりは…………アズハーさまがお気に召すはずでございますよ」








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