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バーレシアと四つの小国  作者: はと
第一章
9/29

診察

ポーマスが手当たり次第に大樹の情報を得る傍で、アリスもまた木医としての仕事を始める。植物を深く愛し、学び、信仰すらしている彼女は、すぐ近くにある大樹の存在にほんの少しだけ────鼻息が荒かった。

 ポーマスが大量の書物を読み漁り始めた頃、アリスはシャルにいくらかの質問を始めた。


「シャル殿、これよりいくつかの問診をいたしますので回答をいただけますか。」

「はて、私が回答するのですか?」

「ええ、大樹は話せませんから。」


 至極当たり前のことを返すアリスに、シャルが少しだけ眉をひそめた。しかしそれ以上何を言うでもなく、私に分かることであればなんなりと、とまたすぐに穏やかや笑みを浮かべる。


「ではまず、落葉の周期は分かりますか?」

「大樹は季節による落葉はいたしません。しかしながら、妖精がその命を落とす時、その妖精の葉が落ちると言われております。」

「なるほど、だからこの辺りは地面が綺麗なわけですね。では、花粉の飛散なども見られない、と。」

「そうなります。」


 アリスはサラサラと内容を書き留めていく。シャルが覗き込むと、アリスはあっさりと内容を見せた。


「おや、見せていただけるのですか?」

「ええ、この大樹はデドロンの宝であり、あなた方の所有植物ですから。情報は共有すべきかと。」

「なるほど、一理ありますな。」

「それに我がアクサネス国では、得た知識は皆で分かち合うものなのです。」

「……ほう、知識を。」

「新たな発見を、新たな常識にしていく。これが発展の基礎なのですよ。」


 そう言って、アリスはまた問診を再開した。シャルも一つ一つ的確な返答をしていき、真否が定かでないものは記録を持ってこさせた。およそ一時間弱の問診はデドロンの天候の周期や騒音レベル、水質の確認、風向き、国民の平均的な生活リズムにまで及んだ。終わる頃にはシャル一人では情報が足りぬと、兵士長から使用人、商人に至るまでわんさかと人が集められていた。


「ご協力感謝します。問診はこれにて終了、私はこれより診察に移ります。」


 問診の間、アリスはあまり笑ったりはしなかった。とても真剣に、真摯に言葉を重ねていた。その姿はまさしく樹木の医師であった。しかし言葉の端々にはきちんとデドロンや大樹への敬意や尊重がある。少なくとも、シャルはそう感じていた。問診をすると言われた時、つい女性である事や、まるで医師の真似事をしているようだと思い侮った己が居た事を恥じるほどに。

 そんなシャルの見直しなど知る由もないアリスは、問診で纏めた内容を一度見返し、必要な箇所にいくつかチェックを書き込むと木診用の器具を取り出した。髪を今一度結び直し、メガネをゴーグルに付け替える。木皮に影響の少ない手袋を付けてマスクをし、靴も綺麗な長靴に履き替えた。


「そこまでされるのですか?」

「生態が明らかな植物ではここまでしませんが、大樹はその殆どが謎に包まれていますから。例えば我々の吐く二酸化炭素が影響を出している可能性も、現時点では否定が出来ません。特に私は他国から来ていますから、衣服や身体に大樹にとって悪影響を及ぼす何かを付着させている可能性もあります。」

「なるほど……。」

「木医も医師の端くれです。患者が話さない以上、容態を確認したあとは只管可能性の除外作業を繰り返す事になります。」


 アリスが大樹に近付く。手袋を纏った手でそっと木皮に触れると、彼女はふう、と息を吐いた。


「……可愛いわねほんとに、安心して、私があなたを診てあげる。うふふ、あなたはどんな子かしら……ふふ……ふふふっ……。」


 この時、シャルとアリスの距離が若干離れていた事は幸いだった。シャルの目には、他国民でありながら真摯に、真剣に大樹の問題解決へ取り組む背中しか見えていない。声に至ってはマスクで篭っていた上に、すぐ側でスパルが「ポーマスさん次の情報持ってきたぞ!」といちいち宣言する声で掻き消されていた。


「さあ……私に身を委ねて……!」


 木医、アリス。

 彼女は人より植物を、そしてその中でも樹木を愛する者であった。

デドロンでは性別で仕事の役割が比較的決まっています。比較的、というだけあって最近ではかなり緩和されましたが、高齢者にとってはまだ女性が役職を持ったり資格を得て一人で働く事に馴染めない者も割と多いです。シャルも頑張ってアップデートしようと努力していますが、長年染み付いた認識や価値観はなかなか変わらないものです。努力するだけマシですが。

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