調査
調査に来たポーマス達を待っていたマルフィーは、相変わらずの言葉選びで歓迎をする。それでもポーマス、アリス、ロイズはそれぞれの得意分野から情報を確認し、精査していった。
デドロンの城は、大樹を囲むように建てられている。その大樹の足元に、マルフィーは立っていた。妖精と人のハーフであるからなのか、大樹の傍に居るマルフィーはその身に宿る魔力が共鳴でもしているのか仄かに光っていた。
「来たか。」
マルフィーの言葉に呼応するように大樹がざわりと騒ぐ。それがまるで威嚇のようにも見えて、ポーマスは僅かに警戒した。
「此の度は、大樹の」
「挨拶を交わす必要はない。お前達は余計な事をせず、調査をしてくれればそれでよい。」
ピシャリとポーマスの挨拶を遮って言い放つマルフィーに、控えていたアリスが眉を顰める。ポーマスは議会である程度マルフィーの態度には慣れていたが、それでも気持ちの良いものではなかった。案内をしてきたシャルが、少し焦りながらもフォローに口を開く。
「我々としましても、このような事は初めてで不安なのです。御足労頂いてお疲れのところとは存じますが、大樹は我が国における精神的支柱の役割……叶うならば、一刻も早く調査をしていただきたいのが本音なのでございます。」
「……承知致しました。では、すぐにでも。」
「お前達の働き、期待して待っていよう。」
マルフィーが大樹を離れる。どうやら仕事はまだあるようで、すぐに側近の一人が近寄ってきて何かしらの書類を見せていた。
「申し訳ない、王は少々言葉選びに難がありましてな……。」
難があるどころじゃないが。アリスは思わずそう言いかけて口を閉じた。ここはアクサネスではない。アクサネスにおいては弁論こそが全ての力だが、それが他国で通じるわけではないのだ。なんならスパルなどな事前にポーマスから「僕の許可がない限りは口を閉じていて」と言われたので、その通りに口を閉じていた。ただし顔には不愉快と書いてあったが。
ちなみに、先程のマルフィーの言葉は無論敵意あってのものではない。マルフィーとしては最初の言葉は「俺とお前の仲だ、堅苦しい挨拶など不要だからもっと楽にしてくれ。疲れているだろうからこちらへの気遣いなどもいらぬ、だが大樹の調査は出来る限り迅速に頼みたい。」と言ったつもりであったし、次の言葉は「優秀なお前達の調査を信頼している、結果は急がないから心ゆくまで調べてくれ。」と言ったつもりだった。
「いえ……慣れてますので。」
ポーマスはそう答えて、さっさと荷物を広げた。慣れているが、理解はしていないのだ。正直下手に時間を掛けてしまうと殺されるのではと不安になっているなど、執務室へと向かっているマルフィーは思いもしないだろう。なんならマルフィー自身は、ちゃんと挨拶が出来た、とほくほくしているので。
「アリス、ロイズ、調査を始めよう。」
「では私は樹木としての調査を始めます。」
「頼むよ。ロイズは……心配ないか。」
「ポーマスさん!俺は何すりゃあいい?」
「君はもう少し僕の隣で待っててくれ。」
テキパキと木医としての準備を済ませて早速シャルに様々な確認を取りに行くアリスと違い、ロイズは先程から相変わらずグイングインと揺れている。しかし彼は何度も大樹やその周りを見ているようで、既に色んな情報を精査しているのだろう。
二人がしっかりと仕事をしているのを確認して、ポーマスもまた自身の役目を果たそうと眼鏡をかけ直した。
「シャル殿、大樹に関する資料や逸話などが記された書物はありますか?」
「ええ、ありますよ。どのようなものを持ってこさせましょう。」
「では、全て。」
「……はい?」
「全て持ってきてもらいたい。絵本から雑誌、ビラに至るまで、全てです。」
「で、ですがそうなると、膨大な数になるかと思いますが……。」
「構いませんよ。集められるだけ、全て持ってきていただきたい。」
ポーマスの言葉に唖然としたシャルだが、しかしすぐに人を呼び、ポーマスの希望を伝えた。それからは、もう大騒動であった。なんせ大樹に関するものなんて数え切れないほどにある。なんなら、大樹に関係のないものを探す方が難しいのだ。
最初に集められたのは、城の書庫にあった大量の紙束、本、図鑑、そして歴代王の手記や歴史書である。運ぶのは魔法でどうとでも出来るとはいえ、数が多すぎる。しかしポーマスは怯むこと無くそれらに近付くと、一つの紙束を手に取りパララララ……と最初から最後まで一気に捲った。そして、また次の紙束を同じように捲る。丸められた長い羊皮紙などは、一気に開き切ると同時に丸め直していった。
扱いこそ丁寧だが、速読と言うにもあまりに速すぎるその行いを、シャルを始めデドロンの者達は呆然と見ているしかない。そうして二十分ほどで、ポーマスは城から集められた全ての書物に触れた。
「こちら、片付けてもらって結構です。一般の書店や図書館の書物はありますか?可能な範囲で良いのですが、できるだけ多くの数を読みたいので……。」
「と、図書館は今許可を取りに走らせておりますので暫しお待ちを……!古本の方はそれなりに集められましたので、そちらをお持ちします。」
「ありがとうございます。」
その日、ポーマスはありとあらゆる書物に触れた。一冊をおよそ三秒で片付け、時折何かを書きつける。そうして日が沈む頃には、古本、雑誌、図鑑、絵本、魔導書の写し、料理本、新聞、チラシ、エロ本、個人出版書籍など、ありとあらゆるジャンルを制覇した。尚、スパルは只管ポーマスの読み終わった本を受け取り箱に戻す作業を繰り返した。頭を使う事は苦手でも、単純作業なら筋トレついでに出来るので。
「あの、ポーマス様、あの大量の書物を全てお読みになられたのですか?」
「ええ、読みましたよ。」
ポーマスは書き散らしたメモを見ながら、穏やかに返す。こういう時も意識の半分はきっちり周囲に向けているのだから、彼の思考の器用さが伺えた。
「書物から得られる情報は馬鹿に出来ませんからね。その情報が嘘か本当かを見極める為にも、より多くの書物から抽出した方が良いんです。幼い頃は普通に速読していましたが、段々それすらもどかしくなりまして。」
普通に速読、とは。
シャルの疑問は口から出なかった。なんせ、ポーマスはメモを見ながら、更に何かを書き散らしながら話していたので。
「ですが久しぶりにあんなに沢山の本を読み漁れました。アクサネスでは、書物の出版が遅いので。」
あっさりと言うポーマスに、シャルは冷や汗をかいた。自国の王、マルフィーは妖精とのハーフである事を除いても人外じみた天才だと思うが、ポーマスも決して劣らないと知ったからである。
シャルは知っているのだ。
アクサネスでは、三日に一度は様々な書物が新たに出版されている事を。その書物は全てが分厚く、情報量が桁違いに多い。普通の人間ならあっという間に積読が完成するだろうに、それを遅いと称するのだ。
「やはり文字は良い……情報を読み解く鍵として、こんなにも完成された美しいものはないですよね。」
メモから目を離さないまとうっとりと呟くポーマスに、シャルは智の国アクサネスの恐ろしさを垣間見た気がした。
「ポーマスさんすげー!」
何が凄いのか全然わかっていないスパルだけが、無邪気に喜んでいた。
デドロンにおいて人間と妖精のハーフは少数ですが存在します。ですが基本的に妖精の遺伝子は穢れに弱い為、種の違うものと交われば血は薄くなり、弱体化する事が多くなります。先祖返りもありますが、それでも人より容姿が妖精寄りになるくらいです。
その点でも、マルフィーの強さは異質です。なんなら生まれ落ちた瞬間産声に合わせて大樹は騒ぐし、なんか身体は仄かに光ってるしで助産師は腰を抜かしました。




