全能
いよいよデドロンの門前都市までやって来たポーマス、アリス、ロイズ、そして護衛のスパル。至る所に飾られたマルフィーの絵画から、マルフィーがいかに凄いのかが語られていく。
大樹調査へ出発する日が来た。ポーマス、アリス、ロイズ、そして護衛のスパルはアクサネスにある転移魔法陣でデドロンの門前都市へと飛ぶ予定だ。本来ならばデドロンからの正式な依頼なので直接デドロンの城内へ飛んでも許されるし、なんならマルフィーも書状にてそのように書いていたが、ポーマスはそれだけは絶対に嫌だと頑なに拒否した。そんな度胸はない、と。
「ポーマスさんは相変わらず慎重だな!」
カラリと笑うスパルにポーマスは苦笑を返した。都合よく勘違いしてくれるのだ、わざわざ訂正する必要はない。察しているアリスは待ち受ける大樹に意識が向いているし、ロイズに至っては既に見てもいない大樹の異常を予測し始めている。枷とローブを身にまとったロイズは喋ったり指先を自由に動かせない為、体をグイングインと動かすのである。
そうこうするうちに、転移魔法陣が光り始める。ブウン、と音がしたと思った時には、彼らの姿はアクサネスから消え、門前都市に設置された転移魔法陣の中にその姿が現れていた。
「おっとと……何度やっても慣れないね、この移動は。」
「なら帰りは俺がポーマスさんをおんぶして帰るか?」
「うん、気持ちだけありがたくいただくよ。」
「うん?おんぶしていいってことか?」
「しなくていいって事だよ。」
穏やかにスパルの提案を完全却下するポーマスを呆れたように見ながら、アリスが荷物を陣から下ろす。ロイズは相変わらずグイングインと揺れながらしれっと陣から出ていて、ポーマスは慌ててスパルと共に陣の外で待っていたらしいデドロンの大臣へ挨拶をした。
「お久しぶりにございます、ポーマス様。」
「お会いするのは議会以来ですね、シャル殿。大樹の件、どれほどお力になれるかは分かりませんが、我々も可能な限り知恵を尽くしましょう。」
「心強いお言葉、感謝いたします。」
挨拶もそこそこにデドロンの宰相、シャルが歩き出す。その後ろを歩きながら、スパルがポーマスに話し掛けた。
「なあ、この街の至る所に飾られてる絵の人は誰なんだ?」
「ああ、あの絵に描かれているのはこの国を治めるマルフィー様だよ。」
「マルフィーサマ……。」
「歳は僕より五つ上だけど、あの方は雲の上の存在のような方なんだ。」
「そんなにすげえのか?」
スパルの純粋な言葉に、シャルがくすりと笑う。デドロンやアクサネスではマルフィーが凄いことなど常識と言って良いほど知れ渡っていて、スパルのような反応は滅多に見る事がないのだ。
「あの方は、全能とも呼ばれてるんだ。」
「ゼンノー?」
正しく変換出来ていないスパルに、シャルが口を開く。
「この国では、子が生まれると大樹から妖精が来て祝福を与えます。それはのちにその子の特技や個性となり、その人生を豊かにしてくれるものなのです。」
「シャル殿は、深慮の妖精に祝福を受けられたのですよね。」
「いやはや、ポーマス様の前ではお恥ずかしい限りですが、その祝福のおかげでこうして働いております。」
「へえ、シンリョのヨーセーか。」
「基本的に妖精はその者に最も相応しい一人が来るとされています。しかしマルフィー様はなんと三人の妖精が祝福をしに来たのです。マルフィー様への祝福は、剛健、天運、繁栄とされており、これらはどれもかなり稀有で強力な祝福なのです。この影響か魔力も常人の何倍も持っておられます。」
「デドロンの人にとって、マルフィー様は憧れでもあり、誇りでもあるんだよ。だからああして、マルフィー様の絵が至る所に飾られるんだ。」
ポーマスの説明に、シャルがどこか誇らしそうに頷く。飾られている絵はどれも綺麗に保たれていて、確かに尊敬を集めているのは分かった。
「すげー人なんだな、マルフィーサマ。」
その全能なマルフィーは、壊滅的な言葉選びと死滅した表情筋のせいでやることなすこと言うこと全て誤解されているわけだが、祝福による豪運だけで知らず知らずのうちにここまで神格化されている。しかし、その事実を知る者は居ない。なんならマルフィーにもその自覚はない。
現実なんぞ、そんなもんである。
宰相のシャルは他国とマルフィーの潤滑油であり、気遣いの達人です。二人の息子、そして三人の孫が居ます。若い頃はアクサネスに留学した事もあり、その知識はデドロン随一と言われています。趣味は面白い形をした瓶を集めること。ちなみに芸術関連の才能は軒並みゼロ。