表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
バーレシアと四つの小国  作者: はと
第一章
5/23

変人

デドロンの大樹調査の為、ポーマスにより招集をかけられたロイズ。彼はアクサネスでも変人とされる存在であった。

「あ、ここに5は被るか。じゃあやっぱり7を置いて完成かな。いやでもそうなると斜めが綺麗に埋まらないかな。てことは1を置いたタイミングでもう間違えてたか。」


 ブツブツと呟きながら歩く青年を、アクサネスの国民は皆呆れたように見ている。しかし、青年は気にしていないのか、気付いていないのか、そんな中をスタスタと歩いていく。


「んーじゃあやっぱり1を2にすべきかぁ。お、片方綺麗に片付いた。」


 ちなみに、青年は歩いているだけだ。手で何かをしているわけでも、何かを見ている訳でもない。ただスタスタと、王たるポーマスの住む城へ向かいながら、呟いているのだ。

 この青年、ロイズは、アクサネスにおいて有名な変人であった。




 アクサネスに生きる者は、その多くが知識欲に支配されていると言っても過言では無い。何かを調べ、纏め、知識を深く、濃く、増やしていく事に向く気質の者が揃っている。だからこそバーレシアの叡智が集まる国として栄え、発展してきた。

 そんな中で、ロイズは知識欲というものがなかった。いや、正確には知識欲自体はあるものの、それ以上に彼を夢中にさせるものがあるのだ。


「んーふふ、やっぱり脳内数独はいつでも出来て楽でいいねぇ。」


 彼は、思考することが何より好きであった。

 分からない事を考える事に悦びを持つ一方で、分かってしまえば興味を失う。得た知識の数こそ誉とされるアクサネスにおいて、ロイズはそれらに興味を示さない変人として認識されている。だが、思考させれば他の追随を許さぬほどの勢いで情報を集め、精査し、ほぼ完璧に近い理論を構築するのだ。人々は彼を見て、宝の持ち腐れという言葉を知るのである。


「なんだ。君も呼ばれたのか。」

「あれ、アリスさんこんにちは。アリスさんが来たってことはやっぱり大樹関係か。あんまり研究進んでないみたいだったけど、アリスさんが呼ばれるなら問題でも起きたのかな?でもデドロンに大きな被害とかは聞かないから、まだ初期的問題か小さな発見でもあったってとこかなぁ。」

「……相変わらずよく喋るな。」

「あ。」

「どうした?」

「やっぱあそこ6かぁ……間違えちゃった。」


 城門の前で門番と話をしていた木医のアリスに挨拶をしたロイズは、そのくせあっさりと独り言に戻る。これはいつもの事だ。アクサネスでは最早当たり前の光景とも言える。だからこそアリスも、怒るでもなくため息一つでロイズの独り言を止めはしない。

 止めて聞くような男ならば、もうとうの昔に矯正されているはずなので。


「行くぞ、王は会議室でお待ちらしい。」

「はーい。」


 ロイズは思考こそ止められないが、それでも周囲の言葉や動きはちゃんと認識している。結局、会議室に着く頃にはロイズは【木医のアリスが居る】という情報だけで【デドロンにある大樹に何かしらの問題が発生し、しかしまだ大きな被害が出る予兆もない為に早期対応するべく呼ばれた】とほぼ正解に近い予測を立てていた。

 ちなみに、会議室のドアを開けた途端「僕らが呼ばれたのはデドロンの大樹の件ですか?」と聞いたロイズを見て、ポーマスは「もうほんとこの人怖いほんとやだ。」と嘆いた。どこから説明しようか、と悩んでいたのにほぼ正解を出会い頭にぶつけられれば虚しくもなる。だがロイズとはそういう男なのだ。より深い思考のために僅かの可能性も見逃さず、最も可能性の高い答えまで最短で辿り着く。そんな男は、アクサネスを探してもロイズ以外に居ない。


「……まあ、座っておくれ。説明するから。」


 ロイズの隣でアリスの方が気の毒そうにしているのがまた居た堪れない。それでも呼んだからには説明義務はあるので、ポーマスは主にアリスに向けて説明をしたのだった。

 尚、その説明の間に複数回ロイズが鋭過ぎる質問を投げたので、ポーマスはその度に泣きたくなった。泣きたくなっても間髪入れずに返答をするあたり、ポーマスも普通ではないのだけれど。


「とまあ、そういう訳で僕達と、あとはいつもの護衛をつけて明後日デドロンへ向かう事になる。急な話ですまないが、正式な依頼だから協力を頼みたい。」

「承りました。出立までに準備をして参ります。」


 アリスが立ち上がり、胸に手を当てて返答をする。口数少ない彼女は、ポーマスが頷いたのを確認するとすぐに部屋を出た。それを見送って、ポーマスはロイズを見る。


「ロイズ、デドロンではいつもの様に枷を嵌めてもらう事になるが、良いか?」

「はーい。」


 ニコニコと笑うロイズは、その間も小さく指が動いている。普段は独り言を延々と続けるが、そうもいかない場面では指先で筆記をするようにして思考を外へ流すのだ。その動きはあまりにも早すぎて、速記者すら追い付かなかったというエピソードがある。

 思考を止められないロイズは、国内においては無害だ。なんせ彼は国家転覆など興味がなく、ただ考え続けるだけなので。しかし国外においては、彼の呟きも危険視されかねない。ほんのわずかの気付きだけで国家機密すら握りかけてしまうのだ。

 なんせこの男、アクサネス高等科卒業試験のために初めて城に入った際、門を潜って会場となる大広間へ向かう道を通っただけで城の間取りをほぼ完璧に把握し、公にされていなかった宝物庫の場所を言い当てたのである。勿論その時はスパイの疑いをかけられて投獄されたわけだが、その投獄先でも色々とやらかしていた。親は息子のやらかしに泣いた。

 結局彼が本当に思考以外に興味を持たないことが判明して冤罪は証明されたわけだが、一も聞かぬうちに百を把握してしまうような男は他国にとっては脅威そのものである。だからこそ、ロイズは他国と交流の可能性がある場では口に枷を嵌め、ローブを羽織る事が義務付けられていた。

 ロイズが立ち上がり、部屋を出ていく。

 その背中を見送って、ポーマスは深くため息を吐いた。


「……あの人、ほんと、苦手だ。」


 ちなみにロイズは、ポーマスの一つ下である。

ロイズは一応研究者です。しかし他者との交流能力があまりにも低いので、母親の元で手伝いをしています。ほぼフリーターみたいなものです。

アリスは木医として活動しています。ロイズと比べるとまともそうに見えますが、人より植物を愛してるのでまともとは呼べません。趣味は花粉が飛び散る様を見る事。変人と呼ばれないのは、彼女は最低限のマナーと良識があるからです。でも最低限しかないんですけど。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ