デドロン
ケルアに住む国王イーティスと学友であった、マルフィー。彼が議会を欠席したのは、デドロンの宝でもある大樹から異音が聞こえているからである。表情が心情とまるで合致しないマルフィーの周囲で、勘違いは加速する。
大地に力を吸い取られ大樹となった一人目の子が移された土地、そこに栄えた小国は名をデドロンと呼ばれるようになった。バーレシアでもケルアに次ぐ広大な土地は、しかし北に行けば行くほど分厚い雲が増えていく。厳しい寒さに耐える針葉樹で作る家は、どれも雪を落とす為に傾斜のキツイ屋根が付けられていた。全体的に色味の少ない、どこか静かな国である。また、デドロンは他所の国に比べ妖精の数が圧倒的に多いのも特徴だ。
そんなデドロンの中心地にあるのは、巨大な樹木だ。言い伝えで一人目の子が転身したという、あの樹木である。妖精が多いのも、この樹木を妖精達が気に入っているからに他ならない。そして、その樹木をぐるりと囲むように建てられているのがイーティスの学友、マルフィーの住む城だ。
「マルフィー様、先程イーティス殿下より了承の返答がありました。」
「そうか。」
デドロンを統治するマルフィーは、人と妖精の間の子だ。妖精の要素である澄んだ羽根と強大な魔力を持ちながら人と同じ生命を持つ彼にとって、イーティスは数少ない友である。ちなみに趣味はスープに浮かぶ油の膜を大きな1つに結合していくことと、知恵の輪だ。尚、マルフィーが解けた知恵の輪はひとつも無い。
「今しばらくは、生まれた子との時間をせいぜい楽しんでもらおうぞ。」
ふふん、と得意げに笑ったつもりのマルフィーは、自分がいつ如何なる時も真顔のままだという自覚がない。おかげで、周囲からは完全にマルフィーがイーティスに何かしらの圧をかけていると勘違いされている。実の所彼はイーティスに子が生まれた、という五年前の報告を未だに喜び続け、浮かれているだけなのだが。当然圧をかける気などさらさらなく、親となったのなら子と過ごす時間を大事にしてやれと、彼なりに応援したつもりである。現実は、思い切りイーティスを凹ませただけだったが。
とはいえ、マルフィーもそう簡単に欠席を決めたわけではない。デドロンの中央、この城が囲む大樹から聞こえる異音が日に日に大きくなっているのだ。デドロンに住む民にとって、この大樹は誇りである。故に、僅かな異変すら見逃すわけにはいかない。この世に魔法を定着させ、今も尚魔力を大地に注いでいるとされる大樹の恩恵は、無論このデドロンの地が一番受けている。そのせいか、デドロンで生まれ育った者は皆他国の者よりかなり魔力が強い。特にマルフィーは、その魔力量が桁違いだ。
「大樹の調査へ向かうぞ。異音の元を調べねばなるまい。アクサネスにも調査依頼を出しておいてくれ、あの国の者なら我々では気付きもしない事が分かるだろう。」
「アクサネス、ですか……?」
「ああ、科学の力も借りようと思う。」
どこか不満な様子の部下に気付いてはいたが、敢えてそこには触れずにマルフィーは部屋を出た。デドロンの民は、何故かアクサネスの民と相性が悪いのだ。マルフィーとしては、科学は凄い、という感想なのだが。
「アクサネスがどこまで調べられるか……楽しみだな。」
そしてやはり、真顔のまま彼は言った。本心から楽しみにしていただけだったが、周囲にはアクサネスを煽っているようにしか見えなかった。
マルフィーは所謂天才です。出来ない事は殆どなく、逆に出来る事が多すぎて把握出来ていません。デドロンの民からは思慮深き王としてほぼ盲目的に崇められていますが、彼自身は割と単純な思考回路をしています。ただ、言葉選びが不穏かつ表情が真顔一択なだけです。