報せ
シャルがアクサネスから届いた文書を手に遠い目をしている時、マルフィーは執務室で様々な書類に囲まれていた。というのも、事実上活動不能となったケルアを管理するにあたって、必然的にバーレシア全体を統治する役割もそのまま手元に転がり込んできたのだ。そうなると連日ありとあらゆる小国からの様々な嘆願、挨拶、嫌味、策略、果ては見合い話まで持ち込まれる始末である。普段自国デドロンと、その膝元にあるいくつかの小国のみを統治していたマルフィーにとって、これは実に大変な仕事であった。そもそも、デドロンやそこに倣う小国の者達は皆マルフィーを敬い奉ることに全力なので、嫌味の連発のような文書や無茶にもほどがあるような嘆願書など届いたこともない。
「……イーティス達は凄いな、これを捌いていたのか。」
げっそりしながらも、本日届いた分で早急に手を付けるべき書類から片付けていく。慣れない作業、とは言いつつもしっかりこなしていくあたりがマルフィーの凄いところであるが、残念ながらそれを褒めてくれる存在は居ないので彼にその自覚が生まれることもない。そうして、午前中いっぱいをかけて各書類を捌ききったマルフィーは、ついにシャルが持ち込んだアクサネスからの文書と対面することになった。
「行くのか、ユセビアへ。」
「大樹調査の義理もございます故……。」
「そうか、行くのか。」
「ここは依頼を受けるべきかと……。」
「そうか。」
マルフィーは、アクサネスへの返事を書いた。マルフィーとて、こういう時に色恋感情を優先するほど愚かではない。国と国の繋がりというものは、個人の感情を越えて存続している。あちらがシャルの同行を求めているというのであれば、それ相応の理由と役割があるのだろう。そういった部分に関しては、アクサネスの民の思考は信頼が高い。
「期日が書いてないということは、急ぎということだ。これより荷を纏め、急ぎアクサネスへ向かうといい。」
「かしこまりました。あちらへの書簡などは?」
シャルの言葉に、マルフィーは新たに追加された書類を仕分けながら言った。
「不要だ。このタイミングで我が国の重臣を向かわせることの意味が分からぬ者どもでもあるまい。」
大変怒っていらっしゃる。シャルはそう感じて、静かに頭を下げて執務室を出た。実際には「ポーマスとはズッ友だから堅苦しい挨拶は不要。どんなに大変な時でも気軽に重臣を貸すくらいには自分たちの友情は篤い。きっと向こうもそこは分かっているから頼ってきたに違いない。」くらいの感覚で言った言葉である。口から出る言葉とマルフィー自身が抱いている思いの温度差が酷い。
退室したシャルを見送る暇もなく、マルフィーはまた一枚の嘆願書を手に取った。
「……ん?」
目に留まったのは、どこかで聞いたことのある地名。
その内容を読んで、マルフィーは静かに思考を始めた。
———トラピア国より、王位継承の報せ
トラピア国。
それは、イーティスの妻でありケルアの王妃、イニアの祖国の名であった。




