依頼
教皇の裁判の日が正式に決まった。その日まで教会は一時的に閉鎖され、教皇は教会の中にある隔離部屋にて裁判の日まで祈りを捧げ続けることになるらしい。相談の義理としてその説明を受けたポーマスは、部屋の隅でゆらゆらと揺れながら脳内数独に明け暮れていたロイズに指示を出した。
「ユセビアにて、薬品が蔓延している。僕も偶然だが使用後に異常行動を見せる者を目にした。おそらくは依存性があるものだと想定している。探ってほしい。」
「それは薬品の内容を?それともルート?持ち込んだ人?開発者?」
「全てだ。」
ぴたり、ロイズの動きが止まった。ロイズの動きが止まる時は、彼があらゆるものを天秤にかけたり、損得を考えている時だ。普段から変人として扱われている彼は基本的には穏やかな気質をしていることもあって結び付かないのだが、案外損を嫌っているのだ。ただし、その天秤には一般人が考える報酬や名誉ではなく、彼自身の感覚しか乗っていない。その感覚とはつまり、深く思考できるか否か、だ。暇潰しで他国の城勤めをしている人たちの人間関係を暴いてしまうタイプの変人に、一般的な理屈などただの知識の一つでしかないのである。
それを知っているからこそポーマスは、動きを止めるロイズが最も苦手なのだ。ロイズの思考によって拒否に転んだ場合、余程の珍事件でも起きない限りは彼の天秤は決して傾きを変えない。国の情勢や立場、自身の尊厳に至るまで全てにおいて執着のない男は、この国でもしかしたら一番頑固かもしれなかった。正攻法でも邪道でも説得が通じない相手ほど嫌なものはない。
「うーん……うん。引き受けてもいいけど、人を用意してほしいかなぁ。」
「誰を?」
「デドロンのシャル大臣とミルシアのスパル!」
交換条件に思い切り国家間のやりとりを挟んでくるロイズに、ポーマスはいよいよ喚き散らしたくなった。家のベッドが恋しい。いや、むしろベッドよりも本棚と本棚の間に作ったヌックが恋しい。あそこに今日届くはずの新刊を持ち込んで、情報の海に没頭してしまいたい。先日クッションを取り換えたばかりのお気に入りスポットを想いながら、ポーマスは震える声で言った。
「ではすぐにデドロンとミルシアへ連絡をとろう。二人の予定が空いていれば良いのだが。」
「少なくともスパルは空いてるよね。だって、スパルの雇用主は実質ポーマス王だもん。」
しっかりと見破られていたことには驚きはしない。ロイズという男は並び立つ門番を三十分ほど見ていただけで人間関係を六割把握するようなやつなので。
「ところで、スパルはともかくシャル殿はなんのために?」
「あの人の奥さんがユセビア出身者だからだよ。」
「……それはいつ、どこで?」
「この前、資料として出された本の中にあの人の私物もあったんだ。その一部に教会法やユセビアの歴史にちなんだ内容の本があったでしょ。あれらの本だけが、くたびれ方がちょっと違ったから多分奥さんの所有物だったんだと思う。あの人、それらの本だけは手で持ってきてたし。」
それらの本については確かにあの時に読んだ記憶がある。だが、本を手に取れば内容に集中してしまうポーマスは、シャルが持ってきた私物だということも、それだけ大切に手で運んできたことも気付いていなかった。
「……一応、こちらからは君がユセビアの常識に疎いので目付役を頼みたい、という名目で指名をしてみるから。いいね?」
「はーい。」
暗に、その情報は絶対に口に出すなと告げてポーマスはデドロンとミルシアへ文書を作成した。ロイズを使うということは、一気に局面を前に進められる可能性を秘めながらも自ら崖の端へ命綱なしで立つようなものである。しかし、今回はそれを耐えてでもロイズに動いてもらいたい理由があった。
(ここでさっさと薬品の裏を暴いて、マルフィーさんからの終わりのない恋愛相談から解放されたい……!)
連日マルフィーから届く、ケルアやユセビアの件を憂う文書の隅に書かれている、ポーマスにとって一切の価値も見出せない恋愛相談。恋愛にさほどの重要性を感じないポーマスにとって、これは本との知恵比べ以上にストレスが溜まるものであった。
ロイズは文章では伝わりませんがかなり早口です。おっとり話したりはしません。そして敬語もあまり使えません。相手が誰かなんて、彼はあまり興味がないので。




