罪罰
ユセビアにて、教皇が裁判にかけられる事になった。異例の事態である。カタリナからポーマスへ、知恵を借りたいという連絡がきた事により発覚した。
「……国民は、もはや信仰を続けられる状況にありません。多くの人が亡くなり、気を狂わせましたから。」
「言い方は悪くなりますが、それらは全て国民の自業自得によるものなのでは?」
「だからこそ、なのかもしれません。悪を仕立てることで、安寧を得たいのかもしれない。」
まるで飯事だな、とポーマスは呆れた。少なくともアクサネスでは絶対に起きないような類の問題であった。
「薬品の回収も叶わず、蔓延も止められず、情報すら得られず……国民が真に恨むべくは、私なのかもしれませんね。」
「そのような事を言っていても、解決はしませんよ。」
静かな声で弱気なことを言うカタリナに、ポーマスはピシャリと言った。国の代表という立場にいる以上、清濁併せ呑む覚悟がいる。けれど、全てをバカ真面目に受け止めていてはいずれ心を腐らせる。
「教皇は、なんと?」
「神のみこころのままに、と。」
「そうですか……。」
やりにくい。ポーマスは奥歯を噛んだ。アクサネスに生きる人間にとって、ユセビアのように信仰に全てを捧げる人間は大変相性が悪い。少なくともポーマスからすれば、ユセビアの国民は祈りに縋る一方で思考を止めているようにしか見えないのだ。感情を優先する事も、思考を神に委ねる事も、ポーマスには理解し難い。もちろん、否定はしないが。
「ところで、知恵を借りたいとの事ですが……。」
「恐らく教皇はこのまま裁判を受ける事になります。この裁判は教皇の位の剥奪を問うものですから、恐らく死刑などの極刑は可能性がとても低い……ですが、位を剥奪された者はユセビアには住めません。異端者として、永久追放となります。」
「聞いたことがあります。ユセビア独自の教会法でしたよね。」
「はい……私は、教皇を守りたいのです。今の国民は、確実な権威剥奪を止めています。恐らくこちらの説得は届きません。それでも、裁判の判決をどうにか変えられないかと思っています。」
「なるほど、そこで僕ですか。」
ポーマスは視線を伏せて考えた。カタリナの望みは裁判の結果を軽くするものであり、裁判自体を無かったことにするものでも、無罪の主張でもない。教皇が抵抗せずに受け入れたことも合わせると、恐らく裁判自体が国民の落とし所の一つになっている。つまり、裁判はどうしても受けなければならず、その上で教皇の位の剥奪を防ぐ代わりに何かしらの罰を受けさせ、国民を納得させなければならない。
ふむ、とポーマスは顔を上げた。この程度のことであれば、正攻法から裏技のようなものまでいくらでも手段はある。しかし、今回はあくまでも教会法に基づく独特な裁判が行われるのだ。きっと弁を立てた所でほぼ意味をなさない。それはカタリナもよくよく理解しているのだろう。だからこそ、彼女はこんなにも気まずそうにしている。
「一応、いくつか確認を。ユセビア教会法における裁判では、裁判官の存在は不要でしたよね。」
「はい。私と、無作為に選ばれる成人した国民五名、そして教会法定部の者から三名で行われます。」
「これまでに教皇が裁判にかけられたものは全部で八件。うち五件が位の剥奪と追放。二件が位の返還、ただしこの二件はどちらも高齢や病気による形式的な退任の為のもの。残り一件が継続で間違いありませんね?」
「間違いありません。残り一件に関しては、継続とありますが実際には監視を付け、次の教皇が決まるまでその役に据えただけのものです。」
「裁判にかける日数や時間は?」
「教皇の裁判は基本的に一日です。どのような理由だろうと、それは変わりません。朝9時にお祈りを捧げ、それからすぐに裁判が始まります。」
「傍聴は?」
「裁判は礼拝堂の父なる神の膝元にて行われますから、どなたでも可能です。」
「その間、国の出入りは?」
「可能です。教会は、いついかなる時も人を阻まぬと神に誓っていますので。」
聞けば聞くほど理解し難い文化だが、宗教国家らしいともいえる。なんせ国民の犯罪率が一桁なのだ。事前に調べたものでも、直近二年の検挙、裁判は殆ど他所からの流れ者が起こした食い逃げや万引きなどの些細な問題しかない。
「では最後に一つ。教皇の死罪は、可能性としてありえますか?」
「は……?」
「あくまでも可能性、予想の範囲で構いません。教皇という立場の人間が裁判にかけられたとして、死罪を求められる可能性は?」
「ありません。教会は、死をもっての償いを良しとしていません。」
「なるほど、理解しました。」
ポーマスは、メガネを掛け直した。
「では、教皇には自らの死罪を、教皇自身の口で求めてもらいましょう。」




