相談
ケルアに起きた未曾有の危機。タイミングや内容の異質さから逸話との関係を否定出来ない状況の中、マルフィーは同じく逸話が関係するユセビアという島国を心配していた。
ケルアの国政は一時停止状態となった。国民も国王もほぼ全てが硬化してしまった今、税も法も関係がない。ケルアは一旦デドロンが預かる事になり、全ての国交や出入りは禁じられた。原因究明の為にアクサネスとデドロンの二カ国が協力体制をとり、登録した者に限り月に一度だけの出入りが許された。
スーニャの存在は、安全確保の為に極秘扱いとなった。万が一、今回の事案がケルアの転覆を願う者による犯行だった場合、間違いなく次は彼女が狙われる。考えたくない事だったが、もしイーティス達が助からなかった場合、全てはスーニャに委ねられるのだ。しかしそのスーニャも、デドロンに保護して尚目を覚まさず眠り続けているのだが。
「マルフィー様、アクサネスよりポーマス様、ミルシアよりスパル様がいらっしゃいました。」
「通してくれ。」
未曾有の事態を受け、原因究明の為の分析班の編成、その者達の身辺調査とその登録、そして早速出向いた分析班から届けられる膨大な情報を精査する作業に追われたポーマスがマルフィーからの呼び出しに応じる事が出来たのは、事が起きて三週間が経ってからだった。
「お待たせしてしまい申し訳ありません。」
「謝罪はいらぬ。無理を頼んだのはこちらだ、そなたらは十分に働いてくれている。」
「恩情なるお言葉、ありがたく。」
「すまないが本題に入りたい。ケルアの事件と大樹の異変は、関係性があると思うか?」
「……ない、と言い切るにはタイミングや事件の内容があまりに異質ではありますね。」
「ふむ。ときに、スパルよ。今も剣は持っているか?」
「はっ、こちらに。」
「大樹の声は、聞こえるだろうか。」
「……聞こえます。この前と同じ言葉です。」
「そうか。」
それは、ポーマスもここへ来て直ぐに確認した事だった。マルフィーもそれくらいは察していて、形式として聞いただけなのだろう。
「ユセビアにも、逸話を持つ国宝がある事を知っているだろう。」
「はい。石にされた第二子が、海上の土地に移された、と。」
「今はまだなんの報告も来てはいないが、ケルアの件を考えると待つ訳にはいかぬ。私としてはすぐにでも調査を出したいと考えているのだが、どう思う。」
マルフィーの言葉に、ポーマスは顔を上げた。驚いたのだ。まさか、天才肌なこの男がこちらに意見の是正を求めてくるなんて、思いもしなかった。
「なんだ?」
「あ、いえ……まさかこちらに相談なさるとは思いもせず、驚いてしまいまして。」
「……そうだな。いつもは、イーティスにしていた。」
「お二人は、御学友でしたね。」
「ああ、親友だ。気安い仲だったのでな、確かに今振り返ると、どうともないような事もよく相談していたよ。」
「そうでしたか。」
「それに、お前は歳下だからな。私にも、歳上としてのプライドを保ちたいという気持ちはある。流石に今は、そんな事を言ってはいられないがな。」
「イーティス様の代わりには到底及びませんが、知恵を尽くす所存にございます。共に考えてまいりましょう。」
ポーマスが改めて宣言すると、マルフィーがしっかりと頷く。雲の上の存在だった相手が、ほんの少しだけ、人間味を帯びているように見えた。
「ユセビアは島国です。ケルアのようなスピードで事が起きた場合、こちらに連絡が届かない可能性もあります。」
「ああ、そこは私も懸念している。」
「事は一刻を争うのです、ここはケルアの件を使って、特例措置を出しましょう。」
「……やはり、そうなるか。」
「なにか、問題が?」
はて、とポーマスは考えた。国交については、バーレシア全土において常に情報を揃えている。少なくともデドロンとユセビアの国交で何か問題や亀裂が生じたという話は聞いていないが、国交と人間関係はまた別だ。デドロンとアクサネスがあまり国交としては進んでいないものの、マルフィーとポーマス自身は特段の問題を抱えていないのと同じである。マルフィーはポーマスをズッ友と認識しているが。
「いや、問題というほどではないのだが。」
「国交に差し障りがあるのでしたら、アクサネスから人を出しましょうか?」
「む……。」
歯切れが悪い。ポーマスはマルフィーをそこまで深くは理解していないが、少なくともこのような場面で無駄なやり取りを挟むような人ではない事は知っている。
「もしや、ユセビアのカタリナ女王と何か?」
この時、ポーマスは決して下世話なつもりで聞いた訳ではなかった。本当に純粋に、国の代表同士でのやり取りの上で、波長が合わなかったのか、というつもりで聞いたのだ。例え国の代表だとしても、所詮は一人の人間。どうしたって合う合わないは出てくる。だから本当に、なんの含みも持たずに聞いたのである。
「……ポーマスよ。」
「はい。」
「お前に一つ、質問がある。出来れば客観的に、一般的感覚として答えてもらえないだろうか。」
「は、はあ。私でよろしければ。」
マルフィーが、咳払いをした。
「…………一度振られた男が、お前が心配だからと住んでいる場に来るのは、どう思う。」
ポーマスは考えた。
しっかり考えて、整理して、言葉を選んで、しかし結局選び切れずに言った。
「振られたんですね、カタリナ様に……。」
「……ああ。それはもう、こっぴどく。」
マルフィーの表情筋はやはり死滅していたが、この時ばかりはポーマスにも、なんなら黙って見ていただけのスパルにも「あ、凹んでる」と分かった。
「そ、その。心中はお察し致します。しかしながら今回の件は既にケルアで起きた事、恐らく情報は届いていると思われます。カタリナ様もそこはご理解頂けるかと。」
「そうだろうか。仕事とかこつけて接近してきた、とは思われないだろうか。」
ポーマスは耐えた。めんどくさ、と思うのをギリギリで耐えた。スパルは恋愛ってめんどくせーと思った。けれど喋らないという英断が出来たので上出来だった。
「正式な文書を出しましょう。カタリナ様とは数回ですが、教会と医療の連携で交流があります。ここはデドロンとアクサネスの連名で出しましょう。そうすればカタリナ様も、この件が決して個人的判断のものとは受け取らないはずです。」
一刻も早く、この無駄なラリーを終わらせたい。ポーマスは捲し立てるように提案した。
しかし昔から、恋は人を愚かにするとはよく言うもので。
「ほう……そなたはカタリナと随分仲が良いのだな……。」
マルフィーには肝心の提案がまるでスルーされ、いらん部分にしっかりと嫉妬されるという頭を掻きむしりたくなるような結果となった。
結局マルフィーの誤解を解き、宥めすかし、元気付け、下手すれば怪文書としか思えないようなラブレターになっていく特例措置の文書をどうにか軌道修正して書き終える頃には、日が暮れ始めていた。
「諸々の手引き、感謝する。こちらの文書は明日にはカタリナの元に届くだろう。返事が来たらまた連絡をする。」
「かしこまりました。いつでも行けるよう、こちらも準備をしておきます。」
「ああ。」
呼ばれてやってきたシャルに、マルフィーが文書を渡す。その際に「花を一輪添えてくれ、庭に咲いていた、青い花だ。」と言ったのをポーマスは無視した。国からの正式な文書だぞ、と思いはしたが、下手に口を挟んで無意味な嫉妬など二度と受けたくはないので。
「それでは、これにて失礼いたします。」
ポーマスは深く礼をして、飽きて筋トレをしていたスパルと共に退室した。今回ばかりは城の転移魔法陣を利用したのでそちらへ行く途中、庭でシャルが律儀に花を摘んでいる背中を見てしまい、うへあ、と思った。
「うへあ、あの人ほんとに摘んでますよ。」
スパルはついに口に出した。でも周りにデドロンの人間は居なかったのでセーフである。
「うん、まあ、気持ちの問題だろうからね……。」
言いながら、転移魔法陣に入る。ブウン、と音を立てて僅かな振動の後、アクサネスの転移魔法陣に身体が乗る。ポーマスにとって見慣れたアクサネスの転移部屋には、アリスが書類を手に待っていた。
「ポーマス様、先程ロイズから新たな分析を纏めた書類が……ポーマス様、どうされました?」
「アリス、一つ女性の君に聞きたいのだが、これは決してセクハラではないと前置きした上で、良いかい?」
「ええ、どうぞ。」
「かつてこっぴどく振った男が【君が心配だから様子を見に行く許可をくれ】という内容の正式文書を、花を添えて送ってきたらどう思う?」
「……忌憚なく答えても?」
「一思いに頼む。僕の常識がズレていないかを確認したいんだ。」
「気持ち悪いです。凄く。」
「だよね!?」
ポーマスは知らない。マルフィーがイーティスになんでも話していた、というその内容は、九割が恋バナであった。
天才肌のマルフィーですが、恋愛だけは下手くそです。というか、感情表現という才能がほぼ死滅しているので、本人はとにかく真剣だし真面目なのに伝わらない。なんなら言葉選びのセンスも死滅しているので、ラブレターを書けば煽り文、褒めようとすれば皮肉に聞こえるというミラクルを何度も起こしました。その結果、こっぴどく振られたわけです。
尚、振られてからは四日ほど、マルフィーは人生で初めての熱を出しました。そう、知恵熱を。
剛健の祝福も、恋の病は管轄外です。