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バーレシアと四つの小国  作者: はと
第一章
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異変

異音調査が終わり、帰還したポーマス達に届けられたのはケルアに起きた未曾有の事態だった。

 ポーマスの意識が戻り、一同がアクサネスへと帰還したその夜。マルフィーのもとへ、急ぎの報せがあった。


「なんだと……?」


 ケルアの王妃イニアが朝の公務中に倒れ、今も尚意識が戻らない。イーティスも昼を過ぎた頃から体調を崩し、寝込んでいる。

 本来であれば安全面からもこういった情報の露出は控えるものだが、報せが届いた理由はその続きにあった。


 ケルア全体で、体調不良者が続出。原因は不明。国政の停滞は避けられない。至急助力を求む。


 その報せは、マルフィーも初めて見る緊急時にのみ出される特別文書であった。





 同時刻、ポーマスもまた同じ報せを受けていた。アクサネスは医療の最先端ということもあり、医療的助力を強く求めるものだった。ポーマスは医療班を召集してケルアへと向かわせたあと、既に解散していたスパルを呼び戻した。


「スパル、君は僕と共に動いてもらいたい。」


 アクサネスに呼び戻されたスパルは当然ながらまだ何も把握していなかった。しかし、考える事が苦手な男はそもそも悩む事もない。いいっスよ、なんて恐ろしく軽い言葉でポーマスの護衛を延長し、ついでに枷とローブを外して話し続けるロイズに引いていた。

 朝が来て、ポーマスはスパルと、何故か一緒に行くと言って離れなかったロイズを連れて南へと向かった。


「どこ行くんスか?」

「山間部だよ。第三子が閉じ込められた本が、そこに呪いと共に安置されているんだ。」

「え、それ俺が一緒に行っても平気なやつ?」

「構わないよ。君にはきっと、なんの意味も成さないからね。」


 ポーマスが見上げる先には、静かに佇む山々がある。逸話によるとこの山の奥に本は安置されており、知識を盗まれぬよう呪いがかけられているのだ。


「アクサネスには、第三子が閉じ込められた本について伝承があるんだ。」

「デンショー……?」

「第三子は思考の祖と呼ばれているんだ。我々が思考するのは、第三子がそうあるように理を整えたからだとされている。そして、第三子はその膨大なる知識を集める事も、また分け与える事も好まれた、とね。」

「……それ、誰が言ったんです?」


 ポーマスが振り返る。

 メガネ越しにスパルを見る目は穏やかでありながら、どこか浮世離れした雰囲気があった。


「そりゃもちろん、本を見た人さ。」


 スパル、ロイズと共に本の安置されている場所へ向かいながら、ポーマスはひたすら考えていた。大樹の異音、そしてケルアでの突然の大規模健康被害。どちらもこれまでになかった事であり、タイミングがあまりにも近い。無関係の可能性も今は除外出来ないが、関係しているとしたら、アクサネスの国宝である本も何かしらの影響を出すと考えてしまうのは仕方の無いことである。デドロンで大樹を調査している時から、ポーマスは元々アクサネスに帰還してすぐに本を調べようとは考えていたのだ。それがまさか、ケルアで事が起きるとは思わなかったが。


「あの、ポーマスさん。」

「なんだい?」

「ロイズさんは、さっきから何を呟いてるんです?」


 整備された山道を歩きながら、ずっとブツブツ数字を呟き続けるロイズをポーマスは見た。そして、その数字を聞いて答える。


「彼の脳内で彼が作っている数独だよ。暇潰しに複数の数独を脳内に生成して、そのうち二つを同時に解いているらしい。」

「へ、へぇ。」


 スパルは数独が何か知らなかった。だが、どのみち自分は逆立ちしたってその数独とやらをやる事はないだろうと分かっていたので、何も聞かずに頷いた。スパルは学こそないものの、愚か者ではなかった。

 それから更に歩いたその先に、本の安置所はあった。魔法でしっかりと保護されているという小さなガゼボの真ん中に、本の置かれた書見台がある。これを見た時、スパルは自分の持つ剣を一旦棚上げして思わず呟いた。


「え、警戒心なさ過ぎじゃん……。」

「そうかい?」

「だって、あれじゃあどっからでも盗めるじゃねえスか。」


 それとも魔法で弾くんスか?と聞くスパルに、ならガゼボに入ってごらんとポーマスは言った。ロイズがスパルの腕を掴んでぐいっとガゼボの方へ引っ張る。スパルは思わず踏ん張ったものの、じっとガゼボを見て嫌な感覚がない事を確認し、歩き出した。


「…………え、普通に入れる!?」

「まあ、ただのガゼボだしね。」

「え、でも、この本は!?」

「普通に開くよ?」

「……………………ほんとだ。」


 ガゼボはスパルを拒絶しなかった。それどころか、本も抵抗なく開く。痺れや目眩もせず、ポーマスとロイズが触っても変化はなかった。


「え、なに?どういう事スか?」

「このガゼボにかけられているのは、本が傷まないように湿度や温度を保ち、雨風が入り込まないようにする魔法だけなんだよ。」

「じゃ、じゃあ呪いは!?」

「それは、ほら。本を見たら分かるだろう?」

「……………………なんでこの本、戦闘の仕方が書かれてんだ?」

「おや、君の目にはそういう内容が見えているのだね。」

「は?ポーマスさんは違うって事か?」

「僕の目には、先日完成した理論の内容が記されているよ。嫌味のように綺麗な図と共にね。」

「お、ネズミの巣穴だ!これ多分先週見つけた群れのやつかな。餌場から巣穴までの道を魔法で変異させた場合たどり着けるのか、どういう動きを見せるのか気になって、実験したんだよねぇ。結局大半が途中で猫とカラスに襲撃されて死んじゃったけど。」


 ニコニコとロイズが反応に困る言葉を並べる。枷とローブを付けていた時は動きが妙に幼かったが、とんだやべえ奴だったとスパルはますます引いた。嫌いになるほどではないが、少なくとも印象はガラリと変わった。


「ま、まあロイズの見たものはともかくとして。この本は、見る者が既に持っている知識を写すんだ。」

「既に持ってる知識……。」

「そう。だから、盗むにしても価値が下がる。手にした者にとって、なんの面白みもない内容になるからね。少なくとも新しい知識や内容を好むアクサネスでは不評なんだ。」

「でもこれ、国宝なんスよね?」

「まあ、一応そう言う事になるね。」


 価値のない国宝。そんなものがあるのか。スパルは自身が持つ剣を見た。この剣は、ミルシアで最も強い者が持つことを許されている。理由は単純で、最も強い者が持てば最も安全だからだ。ガサツで学のない集団でも、それくらいの考えはある。

 アクサネスは、ミルシアとは比べ物にならないほど賢い国だ。その国の国宝が、こんな扱いを受けるのは果たしてどうなのか。スパルには何も分からなかった。

 戸惑うスパルを見て、ポーマスが吹き出す。


「すまない、まさかそこまで真剣になってくれるとは。」

「な、なんスか!からかったのか?!」

「少しだけね。でも嘘は言っていないよ。」


 からかわれたのかと騒ぐスパルに謝って、ポーマスが本を手に取る。


「この本は、第三子との知恵比べなのさ。」

「ちえくらべ……?」

「この本には、手にした者の有する知識が反映される。けれど全てではなく、その者が最も自信を持って提唱出来るものが写されるんだ。武の道に生きる君から戦闘の仕方が写されたのは、それこそが君の最も自信のある分野だからだね。」


 そうして、ポーマスは本をパラパラと捲っていく。


「知識を写すと、本はそれを論破しようとしてくる。これがまた遠慮も配慮もないんだ。討論会での素人質問が可愛く思えるくらいにね。」


 言いながら、ポーマスは本をじっと見詰めた。急に口を閉ざしたポーマスに、スパルは何が起きたのかと身構えた。それを止めたのはロイズである。


「あれは今、本と討論してんだよ。あの本は俺たちが持つ一番良い知識を写して、それを否定してくる性質がある。打ち勝つにはその否定を理論的に崩して、こっちが本を論破しなきゃダメってわけ。」

「ろ、ロンパ?したらどうなるんだ?」

「論破が出来た時、本は一つだけその者に必要な知恵を授けると言われてる。だから毎回色んな人がこれに挑戦するけど、本はかなり強いからなかなか論破に至らないんだよねぇ。その上知識は日毎に増えていくし、人があの本に触ればそれだけ本も知識を蓄えていくわけだから、この勝負はあとの時代になればなるほど人間が不利になる。ほんと第三子ってなかなかの曲者だと思わない?」

「……。」

「あ、やっぱ右は8かあ。」


 正直、本と討論してるという冒頭部分から何一つスパルの脳はついていけてなかった。だがロイズはロイズで一頻り話し終えると満足して脳内数独に意識を戻してしまい、おかげでスパルは何一つ状況を理解しないまま、とりあえずポーマスさんは本と戦ってるらしい、という事だけ認識を改めた。

 日が登りきり、落ち始める。つまり一日が過ぎようとしても、まだポーマスは本を見詰めていた。途中ロイズがどこから持ってきたのか水を差し出せば無言で飲み、これまたどこから摘んできたのか木の実を差し出せば口にはしたが、ポーマスはそれ以外身動きも会話もしなかった。スパルは早々に飽きて、筋トレをしたりロイズに付き合って木の実を探したりした。


 ポーマスが本を閉じたのは、翌朝だった。眠りながら蠢くロイズを適当に抑え込みながら寝ずの番をしたいたスパルに、ポーマスは晴れやかな笑顔で言った。


「この本と討論すると、いつも燃やしたくなるんだよね。」


 ちなみにポーマスが本との討論で勝った回数は三回、挑んだ回数は数知れず。難易度を爆上げしているのは間違いなく彼自身である。


「まあでも、今回も知恵は授かったから良しとしよう。」


 そう言いながら、結構雑に本を戻す。

 ポーマスは、割と根に持つタイプであった。

国宝である本は、アクサネスの民なら誰でも触れることが出来ます。アリスが第九話で【得た知識は皆で分かち合う】と言っていたように、アクサネスにおいて知識を深める事は何より重要視されています。その為、本と討論する事はむしろ試験に近い感覚です。論破されると殺意が湧くレベルでムカつくアクサネスの民ですが、同時に論破される事で新たな側面にも気付けるので。

ただし、討論には事前の許可申請が必須です。今回は緊急事態である事、挑戦者が王であるポーマスであることから特例として強行されました。


ちなみに、討論のストレスで本に傷を付けると、そのまま傷は本人に返る魔法もかけられています。ポーマスは嘘は言いませんが、真実もあまり言わないタイプです。

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