仮説
夢物語としか思えぬ論を否定出来ず、進捗報告としてマルフィーに上げるポーマス。納得は出来ずとも、せめて今は一旦流してくれ、と祈るポーマスを他所に、マルフィーは大樹に神の子が眠っているのではと聞いて、もしそうだとしたらどうやって出てくるのだろうか、なんて考えていた。
ポーマスは、死を覚悟した。話を聞いたマルフィーが、真顔で眉を寄せたままうんともすんとも言わなくなったからだ。すぐ後ろに控えるアリス共々、冷や汗をかきつつマルフィーの言葉を待つしかなかった。本音としては、今すぐ大樹の傍でグイングインしながら立っているロイズと、その隣で暇だからとスクワットをしているスパルの方へ行きたかった。
「……その話、本気で言っているのか。」
ようやっとマルフィーが口を開く。出てきた言葉に、そりゃあそうなりますよね、とポーマスは心の中で頷いた。
「この論が夢物語のようだと思うのは我々も同じです。しかしながら、この論を否定する材料がありません。我々は否定出来ぬ事をなかった事には出来ません。」
キッパリとポーマスは言った。アリスの問診と診察から、大樹は植物的範囲における病気の可能性が除外された。植物学的に、大樹は異音以外健康なのだ。そして過去に一度も異音や、それに近しい変調が起きたという記録はなかった。つまり、これは大樹にとっても初めての事で間違いない。
「病気の可能性は除外され、大気の汚染等も見られない。つまり、外的要因は今回の異音になんの関係もないと考えます。」
「ふむ。」
「そうなると、やはり内的要因しか残りません。異音も幹の中からしていますから、恐らくは大樹の中に原因があるという論は確定でよろしいかと。」
「そしてお前たちの言う、神の第一子がそこにある、と。」
「可能性の話です。勿論まだ調査は続けていきますが、今後はその可能性を踏まえての調査になります。」
マルフィーがまた黙る。そして、ちらりとロイズを見た。
「その考えは、あの……珍妙な動きをしている者が提唱したのだな?」
「あ、え、ええ。彼はその、少々思考のポーズが特徴的な者でして、はい。決して、悪い者ではございません。はい。」
「そうか。」
マルフィーの視線の先で、グイングインと揺れるロイズ。そしてその隣でスクワットをし続けるスパル。マルフィーは暫しそれを見て、それから頷いた。
「確かに、それを否定するだけのものはこちらにもないな。」
理解ある言葉に、ポーマスとアリスはほっとした。なんせ本当に、内容があまりにも夢物語なので。もしアクサネスでの発表であれば、それこそこぞって素人質問で恐縮ビームが飛び交うだろう。想像だけで怖過ぎる。アクサネスの民は、論破に全力なのだ。
「一先ず調査を続けてくれ。」
「承知しました。」
「ところで、一つ問う。」
「なんでしょう?」
この時、ポーマスとアリスは見てしまった。
マルフィーの顔が、残忍に歪むのを。
「もし此度の調査が外れた場合、どうするつもりだ?」
────あ、終わった。
ポーマスとアリスは確信した。なんとしてもこの件で納得をいただけない限り、自分達は二度とアクサネスの地を踏むことは叶わないと。
しかし、そこはポーマスとてアクサネス一の弁の強さを持つ者だ。簡単に研究失敗という負けを認めるつもりはない。
「外れさせぬ為に、より深い調査をするのです。しかしながら此度の我々は調査が目的であり、大樹の異音を取り除く事は契約にはなかったはずですが。」
「なるほど、確かにそうだな。」
マルフィーが背を向ける。途端に、プレッシャーから解放されたような気がした。
「ならば励む事だ。我らが新たな会議をせずとも良いように。」
「……努力いたします。」
城へと戻っていく背中を見送って、ポーマスとアリスは崩れ落ちそうになる膝をなんとか堪えた。なんせ今しがた、こちらの処分の可能性を示唆されたのだから当然である。
「何としても、確証を見つけましょう。」
「ああ。」
二人はロイズとスパルの元へ向かった。命がかかっているのだ、わずかの時間も惜しかった。
「ロイズの論を確定するだけの条件、またはそれを覆すだけの論と証拠を探す。ロイズ、すまないが今一度分析してもらえないだろうか。」
ポーマスの指示に、ロイズはこくんと頷いた。そして、スクワットを止めたスパルをちょいちょいと呼んで、ボディランゲージで指示をし始める。ボディランゲージが果たしてスパルにどこまで伝わるかは謎だが、とりあえずロイズが更に深い思考に耽るのを確認して、ポーマスとアリスもまた各々の見解を確認し合うのだった。
彼らは知らないのだ。マルフィーの言葉は本当に純粋な「もし外れたらどうするんだ?」という疑問の投げかけだった。新たな会議をしなくていいようにというのが「臣下達との先延ばしにしかならん会議はしたくない」という愚痴混じりの素直な願いだった事も、彼らは知らない。
ポーマス達が命の危機を受けて必死に大樹を調査し直し始めた頃、マルフィーはシャルと共に執務室へと向かっていた。廊下の窓から、大樹を調査するポーマス達の姿が見えて、一部始終を見ていたシャルは気の毒な事だ、と同情を抱いた。
「マルフィー様。ポーマス様にあのような言い方をして良ろしいのですか?」
「構わぬ。我々の仲だからな。」
「はあ、さようで。」
シャルの心配を、マルフィーが否定する。恐ろしいことに、先程のどう考えても恐喝としか見えなかったやり取りは、マルフィーなりのお茶目なジョークであった。その証拠に、マルフィーは【気の抜けた笑み】を浮かべていたつもりだ。残念ながら、死滅した表情筋によって【残忍に歪んでいる】ようにしか見えていなかったが。
「シャルよ。」
「はい。」
「あれらがどのような結果を持ってくるか、楽しみだな。」
珍しいマルフィー渾身のワクワク顔は、シャルの目にはアクサネスの者達に沙汰を下すのが楽しみでならない、というものに見えたらしい。
暇つぶしによる分析思考の結果、デドロンにおける使用人のある程度の人数、各々の個人的な友好関係、派閥、思い思われ振り振られ、後暗い裏切りなどをロイズは把握しましたが、所詮暇潰しの思考であったのでそれらは全てロイズの脳内でさらっと処理されました。グイングイン揺れながら地味にえげつない事を知ってしまうのがロイズです。




