piece.9-10
「ところでお前、木は登れるか?」
シロさんがいきなり変な質問をしてきた。
「え?」
「早く答えろ。登れるのか登れないのか」
シロさんがイライラしながら横の大きな木を指さした。
イライラしているシロさんは怖い。さっきのこともあるので、余計に怖い。
「その木は……ちょっと無理かも……」
「よし。バンザイしな」
ひゅっと音がしたかと思ったら、僕は縄で縛られていた。
「え? なに!? ……っうわあああああっ!?」
僕はあっという間に木に吊り上げられる。
なに!? いったいナニゴト!?
「ロバンティーヌをかばったご褒美に、今回は手伝ってやる。次、登れないって言ったら逆さに吊るすから覚悟しとけよ。
……よし、ロバンティーヌ、お前もな。お前は強い女だ。野生の本能を全開にして逃げな。喰われんなよ」
僕がロバリーヌに何回逃げてって言っても聞いてくれなかったのに、シロさんが声をかけると、ロバリーヌはちゃんと言うことを聞いて、森の中へと走っていった。
ていうか、あれ? またロバの名前、変わってるし……。
あれ? しかも、なんで逃がすの? もう野盗は逃げていったのに。
「シロさん!? なに!? 何が起きるの!?」
「わりー、調子に乗って野盗の肉なんか焼いちまったからさあ、たぶん人食い系のモンスター呼んじまったかもしんねえ。つーわけで、今夜は木の上に避難な」
そう言うとシロさんは音もたてずに木にスルスルと登っていった。僕の頭の上にある太い枝に座ると、幹に自分の体を縛る。
僕はその下で、吊られてユラユラ揺れている。
ちょうどそのタイミングで大きなモンスターが現れた。口が裂けててよだれがダラダラしたたっている。
太くて大きな足が8本あって、すごく大きな爪が生えていた。
そんな怖そうなやつと、僕は目が合ってしまった。
「……シロさん……? シロさん……なんか……あの人……僕のことを見てるんだけど……」
「人じゃねえけどな。そりゃ見るだろ、エサなんだから。食おうとしてんじゃね?」
モンスターが僕を食べようと手を伸ばしてくる。
「シロさん!? シロさん!! なんかちょっと届きそうだよ!! あ、あ、足! 足が!
ちょりってかするんだけど!! うわぁぁ! ちょりちょりされてる!
僕の足の裏がちょりちょりされてるよっ! シロさん! もうちょっと……っ、もうちょっとだけ上に上げてぇぇっ!」
僕は必死でジタバタするけど、ユラユラするのが精一杯だ。
「うるせえなあ、静かにしろよ、寝れねえだろうが。ちゃんと両手はフリーにしてやっただろ? 自分でよじ登って来い。次わめいたら落とすからな」
ひどい……ひどすぎる……。モンスターよりもシロさんの方が怖い……。
僕は半泣きになりながら、自分を吊るしている縄にしがみついてよじ登ろうとした。
だけど、縄登りなんかしたことがなかったせいで、シロさんのいる枝まで上がれない。それに手が汗で滑って登れない……。
ああっ! また足の裏がちょりちょりされてる!!
ダメだ! この靴はセリちゃんがレプラホーンにお願いして作ってもらった、僕の大事な靴なんだ! ボロボロにされるわけにはいかない……!
「く……っ!」
僕は足を持ち上げて、なんとか靴を守ろうとする。
「お。いーねー。お前の腹筋が喜んでるぞー」
「シロさんっ! 変なこと言ってないで助けてよ!」
ここで僕の腹筋が限界を迎え、再びちょりちょりの刑が再開される。
「限界からが勝負だぞー。筋肉がNOと言ってもお前はYESと言えー。ここからが勝負だー」
シロさんがものすごく適当な声で適当なことを言ってくる。でも助けてはくれない。
僕はその夜、ずっとモンスターに足をちょりちょりされながら、食べられる恐怖と戦った。
最終的にはセリちゃんの斧を幹に打ち込んで、それを足場にしながら、ようやく上に登ることができた。
セリちゃんに会ったら、助かったお礼と、宝物を足で踏んでごめんなさいって言わなくちゃ。
でもそんなことよりも――。
まずなによりも一刻も早く木登りを習得しよう。
僕はそう決心した。
第9章 誘起の紫
<YUKI no MURASAKI>
~induction~ END




