piece.8-8
お母さんは、僕に声をかけた。
「私ね……カインくん達には悪いけど……正直、旅の人って、あまりいい印象がなかったのよね。
乱暴だったり、物が盗まれたり、壊されたりするから……。でも、カインくん達は違うね。
カインくん自身もいい子だし、物を盗むどころか、村の道具をピカピカにしてくれたり、直してくれたり……」
僕はあいまいに笑ってごまかした。ピカピカにしたのはノームであって僕じゃない。
しかも、その話題には大地の女神とラブラブなんていうおかしな噂までセットでついている。
でも、おかげで村の人たちと一気に仲良くなれた気がする。
村のおじさんたちは、会うと必ず農具の調子が最高だって声をかけてくれるようになった。
必ず大地の女神の話もしてくるけど……。
しかも返事に困るような、いやらしい話ばかりだけど……。
「私の妹がさ、グートのところから帰ってきたら……別人みたいになってたの。
正直、どう声をかけていいか分からなかった。
だけど、ロキくんがね、毎日妹に会いに来てくれてさ。ちょっとの時間だけなんだけど、話をしてってくれたの。
そしたらね、妹の表情がね……少しずつ元気になっていって、笑うようになったの。
妹だけじゃなくて、ロキくん、他のところでもそうやって、元気のない人のところに立ち寄って、『痛いの飛んでけの魔法』ってやつをかけてるんだってね。
ふざけてるのかと思ったけど、妹に聞いたら……本当に心の痛みが小さくなっていったんだって。
ねえ、そんな『痛いの飛んでけ』なんて魔法、本当にあるの?」
(いたいのとんでけ、しとくね……)
初めて会ったときの、セリちゃんの声が聞こえた。急に胸が苦しくなった。
「……え? カインくん? どうしたの?」
なぜかお母さんが慌てている。
「それ……僕もしてもらったことある……。あったかくて、優しくて……」
そのあと僕は何も言えなくなった。
喉が詰まって声が出なかった。お母さんがハンカチで僕の顔を優しくなでてくれる。
「そうだったの……。あなたも、大変なことがあったのね」
お母さんの顔がぼやけて見えない。
優しくてあったかい、だけど――違う。
――――僕が欲しいのは、これじゃない。
「あー! ママ!? かいんおにーちゃん、なかしたー!! ひどーい!!」
女の子が大きな声で叫んだ。僕は慌てて目をこする。
どうしたんだろう、どうして泣いちゃったんだろう。悲しくなんかないのに。
だけど、胸が苦しかった。
「ごめんごめん。そんなつもりなかったのよ。
あ、そうだカインくん、お詫びにうちでごはん食べていかない?」
「え? かいんおにーちゃんといっしょにごはん!?」
女の子が僕の隣ではしゃぐ。でも僕は、今はそんな気分じゃない。
「いえ、そんな……」
「ママ! きょうのごはんなに?」
「そうねえ、今日は豆のスープと~……」
(こら、カイン。豆を残さないの!)
またセリちゃんの声が聞こえる。
――ダメだ。胸が痛くて苦しい。
僕は慌てて立ち上がった。
「……すいません。そういえば僕、用事がまだあったんでした! ごめんなさい!」
そのまま家を出て、駆け出した。
この村は素敵な村だ。
村の人たちは、いい人ばっかりだった。
みんな普通に、僕と話をしてくれる。
余った食べ物を分けてくれたり、お手伝いをするとご褒美をくれたりする。
誰かに暴力を振るわれることもない。
屋根があって、ベッドがあって、きれいな水が飲めて、毎日ごはんを食べることができる。
幸せなんだと思う。
だけど、僕はそれじゃ満足できなかった。
だってセリちゃんがいない。
ずっとセリちゃんのことばかり考えている。
セリちゃんがいないことが辛くてしょうがない。
「……なんで……っ」
もうずっと、セリちゃんに頭をなでてもらっていない。
もうとっくにディマーズはいなくなっていた。
他のギルドの人たちが協力して、この領地を管理するようになっていた。
でもセリちゃんは、全然帰ってこない。
「なんでセリちゃん……っ、帰ってこないんだよぉ……!」
野菜食べなさいとか、豆を残すなとか、セリちゃんに叱ってほしいのに。
がんばって食べたあと、いっぱい褒めてほしいのに。
「セリちゃん……っ、なんで……?」
僕が作ったイモのスープも、カブのスープも、本当はステラなんかじゃなくて、セリちゃんに最初に食べて欲しかったのに。
「……セリちゃん……っ、セリちゃ……っ」
つまづいて倒れた。目の前には水たまり。
光を浴びて、キラキラと光っていた。
思わず空を見上げた。
雲は晴れて、青空が出ている。
セリちゃんに会いたい。いますぐに。
セリちゃんどこにいるの?
すぐに帰ってくるんじゃないの?
なんで帰ってきてくれないの?
「……セリ……っ」
「うっわ。もしかしてマジ泣きか? マジ泣きしてんのか?」
男の人の声がした。
どこかで聞いたことのある声だった。