piece.8-7
「あ! かいんおにーちゃんだ! あそぼ?」
村をあてもなくさまよっていたら、女の子に話しかけられた。
「あ、うんいいよ。でも地面がびしゃびしゃだから、外で遊ぶのは難しいんじゃないかな? なにして遊ぶ?」
「あたしのおウチきて! えほんあるの! よんで!」
女の子の家にお邪魔すると、その子のお母さんが笑顔で迎えてくれた。
「あらカインくん、いらっしゃい!
あら〜、良かったわねえ、大好きなカインお兄ちゃんに来てもらえて」
「ちょっと! ママ! そーゆーこといわないで!」
なぜか女の子はお母さんに怒っている。どうして怒っているのか、僕にはさっぱり分からなかった。
「かいんおにーちゃん、このえほんよんで! あたしのおきにいりなの!
のろわれたおひめさまがね、おうじさまのキスでめをさますおはなし!」
「ぅえっ!? ……あ、ごめん。な、なんでもないよ」
まさかここでも呪いの王子様が出てくるとは思わなかった。
動揺をなんとか隠しながら、僕は女の子に絵本を読んであげた。絵本はお母さんの手作りらしい。
この子のお母さんはとても絵がうまい。子供たちに読み書きを教えてくれる人の中でも、この子のお母さんが教えてくれるときは、絵がたくさんあって、とても楽しかったのを覚えている。
「…………王子様のキスで、お姫様は目を覚ましました。二人は結婚し、幸せに暮らしましたとさ。めでたしめでたし」
めでたくない……。
どうしよう。セリちゃんがシロさんと結婚しちゃったら……。僕は、セリちゃんから離れたくないけれど、シロさんと一緒に暮らすのは嫌だ。
だって絶対に蹴られる……! あの蹴りは無理! いくらなんでも毎日はさすがに無理!
「かいんおにーちゃん、どうしたの? おもしろくなかった?」
「え? そんなことないよ! あ、でもさ、たとえば王子様とお姫様が……最後は一緒に暮らしませんでしたっていう絵本とか……そういうのが読みたいなっていうか……」
「えー? かいんおにーちゃんっておっとなー!
まってて! あたしさがしてくるー!」
子供部屋に走って絵本を探しに行く女の子を、お母さんが笑いながら見ている。とても優しそうな顔で――。
この村に来て、知った。
こういう人を『お母さん』と呼ぶんだってことを。
村の子供たちのお母さんを見てると、レネーマみたいな人は一人もいなかった。
みんなお化粧なんかしてないし、肌を出すような服も着ていない。朝も早起きして畑を耕したり、洗濯したり、朝ごはんを作ったり、忙しそうだ。
でも忙しそうだけど、みんなにこにこしてる。顔を合わせれば挨拶してくれるし、挨拶をすれば返事を返してくれる。
男の人に媚びている人はいない。対等だった。
村の男の人たちも、女の人を見下してる人なんかいない。とても大切にしている。
この村はとても居心地がよかった。安心できた。
だけど――。
この村がいいところだと分かっているのに、僕の心は落ち着くことができなかった。




