piece.1-8
「……本当に行くの?」
僕は何回目か忘れるくらいセリちゃんへ質問をした。正直すっごく気が重い。
「あたりまえだよ。けじめは大事」
セリちゃんも僕の質問に、同じ返事を繰り返す。
僕は自分の家の前にいる。人目を忍んで、夜遅く。人が出歩かない時間だ。
「関係がどうであれ、血のつながった家族なんだから。黙って連れ出すのは良くないよ。だってお母さんなんでしょう?
筋を通した方がいいって。ただでさえ私、殺人犯として追われてるのに、誘拐犯まで追加されちゃったらもう、絶対にディマーズが黙ってないから」
【皆殺しのセリ】の中に【誘拐犯のセリ】が1個追加されたくらい、そんなに変わらないんじゃないかなあと思うけど。
でも僕は子供だし、世の中のことを全然知らないから、セリちゃんの言うことに従うことにする。
セリちゃんは、音もなく僕の家に忍び込んだ。
「……お静かにお願いします。騒がなければ手荒なことはしません」
セリちゃんはナイフを出して、レネーマの首にあてて、大声を出さないようにと声をかける。
レネーマは起きていた。
体を起こしたレネーマは、セリちゃんよりも僕のことを睨んでいる。
「カインを私にくださいませんか?」
セリちゃんは低い声でレネーマにお願いする。すごく丁寧な言い方だったので、僕は驚いた。
僕たちゴミに、そんな丁寧な言い方をしてくれる人なんて、この街には一人もいなかったからだ。
そんな丁寧な言い方をしてもらったのに、レネーマはすごく意地悪な顔をして笑った。何かズルいことを考えている顔だと僕は気づいた。
「困るんだよねえ、これからも親子で力を合わせて生きていかなきゃいけないんだよ。あたしだって歳をとったら今より稼げなくなる。この子がいなきゃ、生きていけないんだよ」
嘘だ。
僕のことを殺そうとしたくせに。
僕の稼いだお金だって、全部自分のために使っちゃうくせに。
レネーマはいつだってそうだった。
セリちゃんはレネーマの首にナイフをあてたまま、もう片方の手で首から何かを外した。
「これと交換しましょう。生まれて間もないドラゴンの鱗で作られたチョーカーです。
これを売れば、多少の贅沢をしても一生働かなくていい程度の価値はあります。
なんなら、マイカという町の魔道具屋の男がこれを欲しがっていたので、そこまで売りに行くといい。
セリからもらったといえば言い値で買い取ってくれるはずです」
「……偽物なんてつかませたらただじゃ済まないよ……」
そう言いながらもレネーマは、もうチョーカーに目が釘付けだ。もう僕のことなんて頭にないだろう。
「騒がれるとまずいので、少しだけ眠っていただきますが、最後にカインとなにか話すことはありますか?」
レネーマは少しだけ考えて、僕と二人だけで話がしたいと言った。
セリちゃんは家の入口のすぐそばで待っている。
僕が、セリちゃんの姿が見えるところでなければ話したくないと言ったからだ。
「カイン、今まで悪かったよ。達者で暮らすんだよ?」
レネーマは笑って僕のことを抱きしめてくれた。
そんなこと、今まで一度だってしてくれたことなかったのに……。
僕の胸が苦しくなった。
僕は……もしかして、レネーマのことを勘違いしていたのかな?
レネーマは、もしかして、僕が考えていたより、僕のことをちゃんと……、ちゃんと……。
「……あの女を油断させてディマーズに送りつけてやりな。
報酬をもらったらあたしのところに戻っておいで? 今度こそ二人で贅沢な暮らしをしようじゃないさカイン。
分かったね? 必ず金を持って戻ってくるんだよ? 持ち逃げしようなんて考えるんじゃないよ? そんなことしたらただじゃおかないからね? お前はまだ子供なんだから……だから、一人でなんて生きられないんだよ」
セリちゃんに聞こえないようにと、僕の耳元でささやかれる、汚らしいゴミの声――。
苦しかった僕の胸は、何ごともなかったように静かになった。
やっぱりレネーマは、僕が思っていたとおりの人だった。
でも良かった。これでもう、僕は安心してここからいなくなれる。
僕はもうレネーマのものじゃない。
僕はもうゴミじゃない。
僕は、セリちゃんだったら、こういうときになんて言うのだろうと考えた。
ゴミじゃなくて、人としてだったら――どう言えばいいのかを。
だから、僕はレネーマを突き飛ばしたくなるのをぐっと抑えて、こう言ってやった。
「……最後に僕を、いい人に売ってくれてありがとうレネーマ。
これでようやく子供がいない女の人に戻れるね。良かったね……」
セリちゃんのように、優しくほほえみながら――――。
第1章 余光の赤 <YOKOU no AKA>
~initiation~ END