piece.8-3
「野盗と私の星回りを断ち切ってくれる誰かを、ずっと探していたの。そこでようやく見つけたのがセリだった。
セリの星の光は、消えそうなくらい小さくて、弱々しいものだった。つまり野盗たちとセリとの星回りが、とても遠いってこと。普通だったら巡り会うことはないの。
でも私はすべてを賭けたの。まだ会ったこともないセリに……」
ステラは目を伏せて、お茶をひとくち飲んだ。そして長い長いため息をついて、再び話し出した。
「私はいつも通り、野盗へエサの情報を与えたわ。『女の旅人が一人やってくる。その女の持っている荷物を奪ってアジトまで戻れ。そのときに女に手は出すな。女は必ず荷物を取り返しにこのアジトへやってくる。あとはいくらでもあんたたちの好きにできる』ってね」
思わず僕はステラを睨んでしまった。
自分さえ助かれば他の人はどうなってもいい――僕もそうやって生きてた。
だけど、その相手がセリちゃんだと聞くと、どうしても嫌な気持ちがあふれてきた。
「それで……セリちゃんは?」
ステラは大きくゆっくりと息をつくと、お茶をすすった。
「野盗たちはセリから大きな袋を奪って帰ってきたわ。とても重たかったって言ってた。今まで盗んだ荷物とは全く違う感触だったそうよ。
荷物の中身……何だったか、わかる?」
荷物の話なんか関係ないのに。僕はセリちゃんの話を聞きたいのに。
だけど、ステラがとても真剣な目で僕を見ていたから、答えなくちゃいけない気がした。
「……え? なに……? ……や、野菜……とか?」
ステラはゆっくりと首を横に振った。大人っぽい仕草だった。
いまならステラがセリちゃんと同じくらいの歳と言われてもうなづけるような気がした。
「首が入っていたの。子供の首よ。全部で、七つ……」
ステラの言葉が、僕の耳と頭の中をあっという間に通り過ぎていった。
「ごめん……よく聞こえなかった。いま……なんて……?」
「子供の生首が七人分。……それが、袋の中から出てきたわ。人を何人も平気で殺してきた男たちが、悲鳴をあげて腰を抜かしていた。
……そこにセリが現れて……。
本当にあっという間の出来事だった。男たちの中には、悲鳴をあげるヒマすらなく殺されたやつもいた。たぶん……自分が殺されたことにすら、気づかなかったかもね」
赤一面の景色が浮かぶ。
真っ赤な水たまりの上で、ひとり立っていたセリちゃん。
泣きながら立っていたセリちゃん――。
「野盗たちを一人残らず殺し終わったセリはね、そのあと……なにをしたと思う?」
僕は何も答えられなかった。息をするのも忘れて、ステラを見つめた。
「セリはね、子供たちの生首を……すごく大切そうに、ひとりひとり抱きしめて、『ごめんね、ごめんね、怖かったね』って泣きながら謝っていたの。そしてまた首を袋に入れ直して……私には目もくれずに、その場を去ろうとした……」
セリちゃんはいつも泣いている。
セリちゃんが泣いてると、僕も苦しくなる。
今だって、すごく苦しかった。
どうしたらセリちゃんを泣かせないで済むんだろう。
どうしたらセリちゃんを悲しませないで済むんだろう。
「セリの星の光が弱いのはね、星が遠かったからじゃなかったの。セリの星は、大きな黒い星に飲み込まれかけて、消えそうになってた。
真っ黒な憎悪のかたまり……底無しの暗闇に引きずり込もうとする呪いの星……。
私が囚われのお姫様だったとしたら、セリは呪われたお姫様だった」
呪われた……?
僕が口を開こうとする前に、ステラが話し出す。
「私はあわててセリを追いかけたわ。
私ね、ずっと狭い中に閉じ込められて、ほとんど動くこともできなかったから、歩けなくなってたの。
這って追いかけながら、必死で叫んだわ。『置いていかないで。助けて。私も連れてって』って。
こんなところで取り残されたら、野盗の死体たちと一緒に餓死しちゃう。必死だった。
そしたら、セリはようやく私に気づいたの。
……だけどね。
ついさっきまで、とても怖い顔で野盗を斬り殺して、そのあと泣きながら首を袋につめていた相手が、今度は人形みたいに焦点の合わない目で、ただ私の方を黙って見てるの。
まるで、言葉がしゃべれないみたいに……心がないみたいに……。『ああ、この人、壊れてしまってるんだな』……。
……それが私から見たセリの第一印象。それが私とセリの出会い」
ステラが僕の方を試すように見た。
その目は『まだ続きが聞きたい?』と問いかけていた。
僕はステラの目をしっかりと見つめ返してうなづいた。
雨の音はどんどん強くなっていく。いつのまにか部屋の中が夕暮れのように暗くなっていた。
ステラはランタンへ火をつけた。
「思ったよりも度胸があるみたいね。見直したわ、そうこなくっちゃ」
ステラはいつもの偉そうな笑みを浮かべて僕を見た。
でも、手は不安そうに、ずっと体をさすっている。
もしかしたらステラにとって、この話はあまりしたくなかった話なのかもしれない。
僕はなんとなく、そんなことを思った。




