piece.1-7
僕の体が走っている。
誰かから逃げるときに僕は走る。
レネーマから逃げてるのもある。
だけど、本当は逃げてるんじゃなくて、会いたくないやつらがいるところに向かって走っている。
……僕が行って、どうなるんだろう?
僕にはなんの力もない。僕はただのちいさなゴミだ。
でも、セリちゃんをそのままにはしておけなかった。
僕のことを助けてくれたセリちゃん。
おいしいリンゴをくれたセリちゃん。
僕の頭を優しくなでてくれたセリちゃん。
一緒においしいねってパンを食べてくれたセリちゃん。
僕のことを、ここから連れて行ってくれるって言ってくれたセリちゃん。
僕がおとりになれば――セリちゃん一人なら――きっと逃げられる。
教会の前までなんとかたどり着き、僕はいったん息を整えた。
足も手も、震えている。
教会の中は、何も音が聞こえない。
誰もいないみたいに静かだった。
――違う。
よく耳をすませると、泣き声が聞こえた。
女の人の泣き声だ。
セリちゃんが、泣いてる。
「どうしたら……許してくれますか……? いつになったら……私は……」
もう、僕はなにも考えられなくなった。
「セリちゃん!! 早く逃げて!!」
教会の扉を勢いよく開けて、僕は叫んだ。
教会の中は、全部が真っ赤だった。
どうしてこんなに赤いんだろう。
ああ、そうか。夕日が赤くて、だからこんなに赤いのかと納得する。
教会の中にいるのは、セリちゃん一人だけだった。
――ちゃんと、立っている人は――。
セリちゃんは泣いていた。
僕のことを、驚いた顔をして見つめながら、その目から涙がどんどんこぼれていた。
「セリちゃん、ひどいことされたの? 痛いの?」
僕は教会の中へ一歩足を踏み出す。
びちゃっという音に驚き、足元を見る。
赤黒い水たまり。
水浸しの床には男たちが横になって転がっている。
教会の中が赤いのは、夕日のせいじゃなかった。
皆殺しのセリ。
お金持ちの人は、毎日体についた汚れをきれいにするために、たくさんの水を用意して体を洗うらしい。その場所のことを指す言葉。血の洗い場――――。
「……カイン……? ……助けに、きてくれたの……?」
セリちゃんが、小さな声でつぶやいた。
その声は、まるで僕なんかよりもずっと子供みたいな声だった。
僕はセリちゃんへ駆け寄る。
怖いなんて、ちっとも思わなかった。
「セリちゃん、行こう。僕セリちゃんと一緒に行く」
言葉は自然に口をついて出た。
セリちゃんは、泣いたまま笑顔になって僕のことを抱きしめてくれた。
苦しくなるくらいの血の臭いが、セリちゃんの匂いに変わる。
優しくて柔らかい。
安心する匂い。
レネーマとは全然違う。
僕はセリちゃんが離してくれるまで、ずっとセリちゃんの腕の中で静かにしていた。
ずっとこのままでもいい。
そんなことを思いながら――。