piece.7-5
朝になった。
またしてもステラのテントには行列ができていた。
「カイン、そろそろお嬢が限界だ。たぶん今日か明日にはどっかの村に移動すっからさ。なんか必要なものがあったら、今のうちに調達しとけな」
ワナームさんが僕に耳打ちしていった。星読というのはとても体力を使うらしい。こんなふうに一日中星読を続けることなんて、ステラは滅多にしないのだそうだ。
「あ、じゃあカイン、俺と買い物行こうぜ?」
ロキさんに呼ばれてついていく。街を歩きながらロキさんは小さな声で僕に尋ねた。
「どうだった? レキサとゆっくり話できた?」
僕はしばらく悩んだけれど、「あんまり……」と答えた。もう一人のディマーズの男の人が来てしまって、ほとんど話はできなかった。
「レキサさんとロキさんは知り合いなの?」
「ああ、レキサの親父がエヌセッズのメンバーだからな。で、レキサの母ちゃんはディマーズなんだ。つまりレキサは……誰にも言うなよ……エヌセッズがディマーズに送り込んだスパイってわけさ……」
ロキさんは僕の肩を引き寄せ、そっと耳元でささやいた。
「エヌセッズって、どうして……その……懸賞金をかけて探してるの?」
セリちゃんの名前は口に出さない方がいいと思い、僕は言葉を濁しながら尋ねてみた。誰が聞いているか分からない。口を滑らせて、僕とセリちゃんが知り合いだということがディマーズにバレたら大変だ。
「斧はエヌセッズのトレードマーク。そう言えば分かってくれるかな?」
そう言ってロキさんは、腰から二丁の斧を取り出した。
その斧を、まるで曲芸のように空中へクルクルと放り投げてキャッチすると、かっこよく構えて見せた。ロキさんはその斧をまた、腰の後ろのバックルに装着する。
普段はマントで隠れていたから、剣しか持っていないんだと思ってた。
斧はエヌセッズのトレードマーク。つまり、僕が持ってるこのセリちゃんの斧も……?
「旦那が……ああ、旦那って言うのは、まあ、エヌセッズのギルドマスターのおっさんのことを、俺はそう呼んでるんだけどさ……戻ってきてほしいみたいだぜ?
なのにディマーズを飛び出して行方不明になるわ、お尋ね者になるわ……。素直じゃないけど、本心は心配でしょうがねえんだと思うよ」
ロキさんは肩をすくめながら、優しく笑った。
セリちゃんは……不思議な人だ。
ディマーズにもいて、エヌセッズにもいて、ナナクサのキャラバンにもいた。
セリちゃんが帰りたい場所って、一体どこなんだろう。エヌセッズのことなのかな?
それなら、すぐにでも帰れそうな気がするのに。
ロキさんも、レキサさんも、マスターのおじさんだって、セリちゃんのことを心配してるし、会いたがっている。
どうしてセリちゃんはエヌセッズに帰らないんだろう。
もっと他に帰りたい場所があるのかな?
セリちゃんは、どこに帰りたいんだろう。
「さてと、カインはなんか買いたいもんとかあるか? お兄さんがなにか買ってあげようか?」
ロキさんがおどけた口調で僕に声をかける。僕は欲しいものがひとつだけあった。
「ロキさん……剣って高いかな……? 買うとどれくらいする?」
「お! どうしたどうした? 昨日の俺たちのかっこいい姿見て興奮しちゃった?」
「うん……。なんていうか……ちゃんと自分のことは自分で守れるようになれたらいいなって思って……」
セリちゃんに守られてばかりじゃダメだって思った。もっとちゃんと強くなって、できたらセリちゃんのことを守れるくらいになりたかった。
お尋ね者のセリちゃんを捕まえようとする人たちから、セリちゃんを守りたかった。セリちゃんが帰りたい場所に戻れるように、手伝いたかった。
僕の言葉を聞いたロキさんが、おかしそうに笑う。
「……え? 僕……なんか変なこと言った?」
ちょっとムッとした声になったかもしれない。笑われるなんて心外だった。
「あ、ムッとした? ちょっと、セリリンが昔おんなじこと言ってたなって思い出してさ〜。おまけにその斧持ってるしさ……。なんかすげえ変な感じだなって思ってさ。
斧じゃなくて剣がいいの。斧なんてかっこ悪い。斧なんて使いづらい。斧なんて斧なんてって、ずーっと愚痴ってたな~」
懐かしそうに笑うロキさんの声を聞きながら、僕はセリちゃんの斧をじっと見つめた。
「……これ、宝物だって言ってた……」
「ぶっ! マジで? そりゃあ良かった!」
ロキさんはすごくおかしそうに笑った。
セリちゃんは、どうしてディマーズに入ったんだろう。エヌセッズの方がいい人たちっぽいし、セリちゃんと仲良くしてたっぽいのに。
ずっとエヌセッズにいれば、【皆殺しのセリ】なんて怖い呼ばれ方をされなかったかもしれない。
だって『安くて早くて安心ね♪』のセリちゃんの方が絶対に似合ってると思う。
「ねえ、ロキさ……」
「お! カイン! 武器の行商がいたぜ! 掘り出し物があるかもしれないから見てみようぜ?」
僕の疑問は、結局言葉にはならなかった。
街には人がたくさんいる。ロキさんは気にせずしゃべってるけど、誰が聞いてるか分からない。
セリちゃんのことは、また聞けそうなときに聞いてみよう。
僕はロキさんのあとを追って、武器を売っている行商の店をのぞいてみた。
「なあ、おっちゃん。こいつにちょうどいい感じの小剣とかさ、おすすめはあるかい?」
ロキさんが話しかけると、武器屋のおじさんは僕のことをちらりと見て、鼻で笑った。
「おいおいあんちゃん、あんたじゃなくてこの小僧かい? こんなナヨナヨしたやつに振れそうな剣はねえなあ! まずはこん棒で素振りから始めたらどうだい?」
「おっと、おっちゃん、客にひでえこと言うな~。誰だって最初は初心者だろ? いつかこいつが成長して強くなって、伝説の剣士になったらどうする~? おっちゃんのこと覚えてて、お前のとこからなんか買わねえよって言われたら、商売あがったりだろ?」
「へっ! あんちゃん口がうまいねえ! じゃあほら、そこのジャンク品、好きなの持っていきな。素振りにもなるし、ぶん殴るくらいにゃ使えるだろ? 未来の剣士様に大サービスさ!」
「どうするカイン、もらっとくか? たしかに素振りはした方が良さそうだしな」
ロキさんが僕のことをまじまじと見ながら言った。
僕はうなづくと、ロキさんにアドバイスをもらいながら、とりあえず一番刃こぼれが少なくて、ガタガタと変な音が鳴らない剣を選んだ。すごく錆びてるけど。
よし! これで今日から毎日素振りするぞ!
ナヨナヨしてるなんて、二度と言わせるもんか!




