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流転するアルケウス ~inherited Meme~  作者: イトウ モリ
第7章 流言の紫 ~deception~
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piece.7-3



 その場に残された僕と、とまどったように立ち尽くしているディマーズの若い男の人が一人――。


 その男の人は、僕より少しだけ年上みたいだった。さっきのアダリーさんに比べれば、全然迫力もない。まったく怖い感じもしない。

 でもやっぱりディマーズのメンバーということは、見た目と違って、この人も怖い人なのかもしれない。


 つまり、油断は禁物だ。


「……あ、じゃあ僕、薪を片づけなきゃいけないんで……」


 僕がなるべく自然にその場を立ち去ろうとしたとき、その男の人が驚くことを口にしたのだ。


「……それ……セリ姉の……斧、だよね……?」


 僕の手から薪がこぼれて、辺りに転がった。走って逃げようとした僕の手を、男の人がつかんだ。

 僕の体から血の気が引く。


「ごめん! 逃げないで! 驚かせてごめん!

 えっと……はじめまして。僕はレキサって言います。今は事情があってディマーズにいるんだけど……信じて。僕はきみの敵じゃない」


「……え?」


 おそるおそる相手をうかがうと、レキサさんは困ったように笑って、自分の制服の裾をつまんだ。


「……なんて、この格好で言っても説得力がないよね。

 じゃあ、ロキさんがアダリーさんのことを引きつけてる間に、僕が知ってる情報を全部きみに教えるよ。

 ……別に、それで信用しろなんて言わないから。これは、僕の誠意」


 レキサさんはそう言うと、僕が落とした薪を全部拾って持ってくれた。どうやら運んでくれるらしい。


「グートを刺した犯人は、セリ姉ってことにされてるけど、やったのは別人だよ。

 ……あんなひどいこと……ディマーズだってやらない……。わざと急所を外して、死なないようにして、めった刺しだった。

 セリ姉は、絶対にあんなことしない……。そしてあれは、人をわざと苦しめるための訓練をした人の仕業だ。普通の人にあんな刺し方はできない……」


 そう言ってレキサさんは、特殊な長い針のようなものでグートが刺されていたことを教えてくれた。

 小指ほどの太さで、長さはちょうど手首から肘にかけての長さの針――……。


 僕の頭の中に、ナナクサの髪に挿してあった棒状の髪飾りが浮かんだ。


 きっとあれだ! あれでグートを刺したんだ。

 自分でグートを刺しておいて、セリちゃんのせいにしたんだ……!


 全部レキサさんに言ってしまいたい気持ちになったけれど、レキサさんが本当に信用できる人なのかは、まだ分からない。

 僕はなるべく気持ちを落ち着けて、もう少し情報を集めることにした。


「……生きてたってことは、犯人を見てるってことでしょ? なにか言ってた?」


 レキサさんは首を横に振った。


「意味不明な独り言をずっとしゃべってたり、いきなり悲鳴をあげたりしてるんだ。

 ディマーズが保護するまで、ずっと現場で真っ赤な布を(かぶ)されていたんだ。しびれ薬の塗った針が刺されていて、助けも呼べなくて、動くこともできない状態だったよ。

 ……よほど怖かったんだろうね。気が触れてしまったみたいなんだ……。もちろんディマーズで治療はするけどね。

 たぶんグートを襲った犯人は、特殊な訓練をした組織なんじゃないかってアダリーさんは言ってる……。

 だけどアダリーさんは、セリ姉がやったこととして、正式に公表するって……」


「なんで!? そんなの……嘘じゃないか!」


 僕は思わずレキサさんを睨んだ。でもその表情を見た途端、レキサさんも僕と同じくらい、セリちゃんのことを心配していることが伝わってきた。


「……うん。アダリーさんはどうしてもセリ姉を捕まえたくてしょうがないみたい。ちょっと、異常なくらい……」


「なんで……?」


 僕の声にかぶさるように、男の人が大きな声を出して近づいてきた。


「おい、レキサ! なに油売ってんだ? ナンパか? オレにも紹介しろ……って……あり? ……男?」


 単独行動をしていたと思われるもう一人のディマーズの男の人が、僕たちの方へ近づいてきた。


「すいません、ゼルヤさん……あの、アダリーさんはさっきエヌセッズのロキさんに、食事に誘われて、連れてかれてしまいました。このあと……どうしましょうか?」


 レキサさんがゼルヤさんと呼んだ男性は、僕のことを対して気にも留めず、大きなため息をついた。


「はあ? しょうがねえなあ、あの人。っんとに女扱いされるとコロッと引っかかるんだもんなあ。

 よーし、今日はもう仕事やめやめ! 俺らもメシ食い行くぞ、来いレキサ!」


「あ! はい! ……ごめんね、これ」


 僕はレキサさんから渡された薪を受け取ると、頭を下げた。


 レキサさんの『ごめんね』は、話が途中になってしまったことだろうか、それとも薪を途中で僕に手渡したことなのだろうか。どっちなのかよく分からなかった。


「あ、どうも……」


 僕も何が『どうも』なのかよく分からないまま、レキサさんの後ろ姿に、もう一度頭を下げた。


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