piece.7-2
薪割りをしている僕の横に、ロキさんが音もなく近づいてきて、そっと声をかけた。
「よっ! カイン、ディマーズが来るぜ? セリリンの鎖、ちゃんと隠してるな?」
「あ、うん……」
僕は腰についているポーチを触って確認した。鎖は斧から外して、ちゃんとポーチの中にしまってある。
うぅ、なんか緊張してきた……。
手にかいた汗を服でぬぐって、また薪割りを再開しようと思ったところに、鋭い女の人の声が響いた。
「どこかで見たやつだと思えば、こんなところにまでエヌセッズか。よくもまあ我々の前に姿を晒せたものだな」
威圧的な声に思わず体がこわばった。見なくても分かった。きっとディマーズだ。
緊張で動けない僕とは正反対に、ロキさんはおどけて肩をすくめた。
「仕事があればどこへでも、ってのがポリシーなんでね。そちらさんほど給料がお高いんだったら、たまにはバカンスでのんびりもできるんだろうけど」
「ふっ、上がケチな男だと下は貧乏暇なしか」
ディマーズの女の人は、ロキさんに対して馬鹿にしたように笑う。なんだかすごく嫌な感じだった。
でもロキさんは気にしたふうもなく、いつもと変わらない笑顔で答えた。
「そちらさんと違って、地域密着・顧客満足・親しみやすさがウチの売りなんでね。
気軽に何でも相談してもらいたいわけなのよ。ま、安さは優しさの証明ってね!
あ、そうそう、『エヌセッズの半分は優しさでできてます』って、これウチのギルドのキャッチフレーズなんだけど、聞いたことある?」
女の人は「知るか!」と吐き捨てると、舌打ちをした。
「ちっ、エヌセッズの奴らは揃いも揃って口が減らないやつばかりだな……」
僕は黙々と薪を割っていた。もうほとんど割り終わっていたので、できることなら、さりげなくここから離れたかった。
でも、逃げたと思われると面倒なので、着け火用の小さな薪をもう少し作ることにする。
すでに割り終わった薪の中から何本か選んで、より細く、裂くように割っていく。
「あ、ねぇねぇ、ところでアダリン? 本当のところグートってどんな感じ? 犯人のことなんか言ってた?」
ものすごい気安い感じで、ロキさんがディマーズの女の人の名前を呼んだ。
その場の空気が静まり返る。
「――っき、貴様っ! ふざけた呼び方をするな! 私の名前はアダリーだ! ちゃんと呼べ!」
「え? ちゃんで呼んだ方が好き? アダリンちゃん? うーん、俺的にはアダリンの方が呼びやすくてしっくりくるんだけどな〜」
「違う! ちゃん付けしろなんて言ってないだろっ! 馬鹿なのか貴様は!? いい加減にしないと刺すぞ!」
アダリン……じゃなかった……アダリーさんは顔が真っ赤になっていた。
あ、なんかこういうところ、ちょっとセリちゃんに似てる……。
ディマーズの女の人というのは、照れるとすぐに赤くなる人が多いのだろうか。
でも僕としては、やっぱりセリちゃんの照れ顔の方がずっとかわいいと思う。
「まあまあ、アダリン怒んないでよ。せっかくの美人が怒ったら台無しだよ? もともとディマーズとエヌセッズは一緒に仕事してた仲じゃん。なんだったら協力するからさ~」
完全にロキさんのペースになっている。
アダリーさんは毅然とした態度でロキさんを睨む。でも顔はまだ赤い。
「【皆殺しのセリ】関連のことについては、エヌセッズは信用できない。お前たちが匿ってるかもしれないからな」
ロキさんは笑って、手を振った。
「ま~ったまった~! そりゃ~ないって。そっちだって分かるっしょ?
だって俺たちの方が先にセリリン見つけてたらさ、絶対に公表するよ? 『ディマーズより先にセリリンを見つけたギルドはこちらです。ぜひ今後のご依頼は、ディマーズよりも仕事が早いエヌセッズにご用命ください』ってさ。ギルド総力あげての一大キャンペーンやるからね」
「貴様らの狙いはディマーズの信頼を損なうことか!? くそ! 貴様らに恵んでやる情報なんかない!!」
今度は怒りで真っ赤になったアダリーさんが、大股でその場から去っていく。
このタイミングで、ロキさんがなぜか僕の肩をポンポンっと意味深に叩いた。そしてアダリーさんを追いかける。
「え~? どこ行くのアダリ~ン? せっかく会ったんだしさ~、デートしようぜ~! すっげえうまい野菜スープごちそうするからさ~! 今日採れたてのイモがさ~、マジうまでさ~!」
「ちょっと顔がいいからって、女がホイホイついて行くと思ったら大間違いだからな! だいたいエヌセッズの男はなんでこう……! 揃いも揃ってナンパなやつばかり……!」
「アダリンはさ~、野菜で好きなのってなになに? 俺はね~……」
ロキさんはものすごーく自然にアダリーさんの肩を抱いて、街の食堂へと誘導していった。
どういうことだろう……。
……というか、あんな怖い女の人にあそこまで堂々と対応できるロキさんってすごい……。




