piece.6-8
セリちゃんは僕に向かって優しく微笑んだ。
「カイン……、おつかれさま」
僕も笑顔で返事をすると、セリちゃんの隣に並んで歩き出した。
今夜はステラたちのテントで泊めさせてもらうことになっている。たぶんセリちゃんは、ステラと一緒に馬車の中で寝るんだと思う。
僕はおそらく、ロキさんをはじめ、男たち計4人で小さなテントの中で寝ることになる。――全員、無事に入れるのかはちょっと分からないけど。
「セリちゃんもおつかれさま。今日は大変だったね。忙しくて僕、お腹すくのも忘れちゃったよ」
セリちゃんは僕の頭を優しくなでながら笑った。
「ふふ、そうだね。昼からずっとごはん食べる暇もなかったね。
本当におつかれさまカイン……。あのね、ここで2,3日ステラやロキと待っててくれる? ゆっくり休んでて?」
僕の大嫌いな『留守番』ワードだ。まさかこのタイミングで言われるなんて思っていなくて、僕は言葉を失った。
「――やだ……! 疲れてない! 僕、疲れてないよ! だから僕も……!」
「すぐに戻るよ。本当に。約束する」
セリちゃんはにっこりと笑って、僕の顔を両手で包んだ。少しだけ屈んで、僕と目線を合わせてくれる。セリちゃんの顔が、僕のすぐ近くにあった。
今のセリちゃんの顔は、前に僕を置いていこうとした時のような悲しい笑顔じゃなかった。なんていうか――力強くて、安心する笑顔だった。
「あの人……私の知ってる人だったよ、カイン。だから二人きりで話をしてこようと思ってるの。
だけど、カインはごめん……キャラバン内部の話は、きっと知らない方がいいから……。
たぶんね、あの人も……私が来るのを待ってる気がするの」
急に言われた『あの人』が、ナナクサのことを指していることに気づくまで、僕は時間がかかってしまった。
「余裕をもって数日……長くても10日くらいかな。ディマーズがここから離れたタイミングに合わせて戻ってくるから。
そのあいだ、ロキやステラから、私の昔話でも聞いて待っててよ。……恥ずかしい話ばっかりで、ろくな昔話はないと思うけど……」
そう言いながらセリちゃんは、僕の腰にぶら下がったままになっている斧と鎖に触れた。
とても大切そうに――。
「この宝物、カインが預かってて。絶対に帰ってくるよって、約束だよ……。これで信じてくれる?
ああ、そうだ。この鎖はディマーズの前では隠しておいてくれる?
これね、ディマーズの鎖なの。でも私のじゃなくて、人から借りてるもので……ちゃんと私の手から直接返したいから。だからディマーズの人には、取られないように気をつけて。お願い……」
「…………わかった。絶対にディマーズに取られないように隠しておく。
……でも大丈夫なの? ナナクサは……セリちゃんのこと刺した人だよ?」
セリちゃんは「ああ、あれね……」と笑った。
「急所は避けてたし、殺さなかった……。たぶん足止めしたかったんだと思う……。ここでの仕事が待ってたから……私に構ってる暇がなかったのかもね」
仕事――……。
真っ暗な中でのグートの絶叫が、僕の頭の中で響いた。
(セリは『汚れ仕事』専門で――……)
前に言われたバルさんの言葉が僕の頭に浮かんだ。
ふいにセリちゃんの顔が、ナナクサと重なって見えた気がして、僕は急に背中が寒くなった。
――ちがう。そんなはずない。今日のセリちゃんは踊り子の化粧をしてるから、きっとそのせいだ……。セリちゃんは、ナナクサとは全然似ていない……。似てるはずがない。
「約束破ったらどんな罰ゲームでも受けるよ。本当の本当に大丈夫だから。ディマーズを撒く間だけ……。ディマーズがどこかに行ったらちゃんと戻ってくるから。信じてよカイン」
「本当に、絶対だよ……? すぐに帰ってきてね? 10日過ぎても帰って来なかったら、すっごい罰ゲーム考えとくからね!」
信じて。約束。
――そう言われたら、もう何も言えない。
セリちゃんと離れたくなくて、泣きそうになるのを必死でこらえて、僕は精いっぱい強がった。
セリちゃんは僕のことをぎゅっと抱きしめてくれた。
「ふふ、それは怖いなあ。じゃあ話が終わったら急いで帰って来なくっちゃ。
じゃあカイン、いってきます……」
僕のおでこに柔らかい感触が当たった。
それが、セリちゃんの唇の感触だと気づいたときには、セリちゃんはすでに後ろ姿だった。
セリちゃんは朝焼けの方角へと出かけていった。燃えるような、赤い空に向かって――。




