piece.6-1
僕は目の前にいるお兄さんの口にした言葉を、もう一度頭の中で繰り返してみた。
……『セリリン』……?
……セリリンって……もしかして、セリちゃんのこと?
僕がセリちゃんのことを見ると、セリちゃんは男の人から目をそらすようにしてステラに文句を言った。
「……ステラ。わざと【エヌセッズ】選んだでしょ?」
低く静かな声のセリちゃんに対して、ステラはキンキンと高い声で言い返してきた。小さい身体のくせに、とても大きな態度でセリちゃんを馬鹿にしたような態度だ。
「は? わざと? 私そんなにヒマじゃないんだけど? 私が選べる中で、一番『星回り』が荒れないような男を選んでやったっていうのに! この男が引っかかったのはただの偶然。あんたとこの男の星回りってやつよ。
じゃあ聞くけど、他にどこのギルドに頼んでおけば良かったのよ?
セリ、あんたが自分で私に言ったんだからね? 多少高くても護衛はちゃんとしたギルドに頼むこと。安くて安心なのは【エヌセッズ】だって! いくら安くてもギルドに入ってない護衛は野盗と変わんないから、お金をケチるな、ちゃんとギルドを使えって」
ステラの言葉を聞いていたお兄さんが、おどけて合いの手を入れた。
「はいはーい! この度はエヌセッズの看板男、『安くて早くて安心ね♪』のロキにご指名、ありがとーございまーす♪
なーんだ、セリリンの紹介なら割引適用だな。最終決済の時にその分ちゃんと引いとくんで、今後もエヌセッズをご贔屓くださ~い♪」
どうやらこのお兄さんは【エヌセッズ】というギルドに所属するロキという人らしい。そして、セリちゃんとは知り合いみたいだ。
でもセリちゃんは、そんなロキさんを完全に無視している。
「えー……セリリン……? ねえ無視? 無視なの?
もしかして俺に会いたくなかったとか? うわー、俺ショック……ガガーン!」
ガクーンと頭を下げ、ロキさんが落ち込んでいる。
どうやらロキさんは、お尋ね者のセリちゃんを捕まえようとしている人とは、ちょっと違うみたい。
僕は少しだけ安心した。
きっとロキさんも、バルさんみたいにセリちゃんの味方をしてくれる人なのかもしれない。
そんなロキさんを無視したまま、セリちゃんは難しい顔をしながら考え込んでいた。
「……ロキ。ステラの護衛期間はいつまでなの?」
ようやくセリちゃんに声をかけてもらえたせいなのか、ロキさんがパッと顔を輝かせて答えた。
「ひとまず他のギルドに護衛の引き継ぎができるまでは、もちろん継続予定さ。延長料金は都度相談♪ 安心安全のエヌセッズは雇い主のお金がピンチでも見捨てませんのでご安心くださ〜い。分割払いのご相談も承りまーす♪」
どん! と自分の胸を叩くロキさんに、セリちゃんはなぜか自分の荷物からお金を出して渡した。
「……じゃあ、ここから先の契約者は私ね。依頼は引き続き、ギルドがたくさんある街に到着するまでか、信頼できるギルドに引き継ぎするまでステラたちを護衛すること。
前金はこれ。残りはこれから調達してくるから待ってて。ステラ、服ちょうだい。変なのじゃないやつね。ロキ、着替えるから出てって」
セリちゃんが、さっと立ち上がった。
「おっと〜! セリリン、なに企んでんの?」
セリちゃんはロキさんを見下ろすとニヤリと笑う。
「やだなあ、企んでなんかないよ。ロキは口が堅い男だって信じてるだけ。ロキって信用できるもんね? 依頼主の情報をあちこち吹聴したりしないもんね? 仲間にだって口割ったりしないもんね?」
「……あー、そういうことか〜。
ねえセリリーン、ちなみにエヌセッズでのセリリンの懸賞金、ディマーズの三割増しの価格になってるけど、知ってた?」
困ったように笑うロキさんの言葉に、僕は背中が冷たくなった。
そんな……セリちゃんはディマーズだけじゃなくて、エヌセッズってギルドからも狙われてるの……?
思わずセリちゃんの方を見てみたけど、セリちゃんはどこか面白そうに笑っていた。
なんか、思ってた反応と違う。
「額は初耳。……ああ、それ以上払わないと私のこと売るって――もしかして脅してる?」
答えるロキさんも肩をすくめて、おどけたようにふるまった。脅しているっていう雰囲気はない。
「ひどいなあセリリン。俺、そういう男に見える? 俺は安くて早くて安……」
「ほら。依頼主が着替えるから。男は出てって出てって」
セリちゃんはそう言って笑うと、しゃべってる途中のロキさんを馬車の外へと追い出した。
僕はなんにも言われなかったけど、一応男なので自主的に馬車の外へと出る。
馬車を出るときにロキさんと目が合った。
ロキさんは、にっこりと笑うと「よろしくね」と僕に手を差し出して握手をしてくれた。
ロキさんはすごくいい人そうに見えた。




