piece.5-6
中はひどい有様だった。
領主のグートと思われる人のまわりには、服を着ていない女の人が何人もいて、どの人もひきつった笑顔を張りつけていた。どう見ても、好きで脱いでるわけじゃなさそうだ。
大きな広間には大きなこん棒で殴られている男の人がいる。グートはそれを見て笑っていた。
「ほら! タダ飯食らい! もっとおもしろい悲鳴をあげてみろ! なにも芸ができないくせに、食い物ばかり貪りおって!」
「お慈悲を! どうかお慈悲をグート様! 申し訳……っ! ありませんでしたぁぁ……っ!」
昔の僕がいる。そう思った。
殴られていても、殺されそうになっていても、誰も助けてくれないのは、みんなが僕のことを見えないせいだ――僕はずっとそう思っていた。
僕が人でなくてゴミだったから。ゴミのことはみんな見えない――僕はそう思っていた。
でも僕は動けない。
昔の僕と同じように、痛めつけられているその人を見ても――。
僕がもし助けに行ったら――、もし騒いだら――、セリちゃんに迷惑がかかってしまう。
見えてるのに。苦しんでるのに。困っているのに。
僕はその人を助けてあげられなかった。
唇をかみしめているうちに、口の中で血の味が広がった。
僕の見ている景色がセリちゃんの背中だけになる。いつの間にかセリちゃんが、目隠しするみたいに僕の前に立ってくれていた。
でも――。
殴られる音も、殴られた時の悲鳴も、そのたびに子供みたいにはしゃぐグートの嫌な笑い声も、僕の耳には聞こえていた。
僕はセリちゃんから借りた斧の柄を、手が痛くなるくらいに握りしめた。
――苦しかった。悔しかった。許せなかった。
息ができなくて、胸が苦しくて、どうにかなってしまいそうだった。
――そのとき。
突然、パンパァン! と、乾いた音が響いた。
誰かが手を鳴らしたらしい。その音でこの場の空気が一気に変わったのが分かった。
「ご領主? そんな死にぞこないをいくら痛ぶったって、おもしろいショーにはならないだろう?
どうだろう。アタシにこの陰気くさい空気をもっとお祭りみたいに沸かせる案があるんだけど……乗らないかい?」
グートの前に姿を現したのはナナクサだった。
紫色の異国風ドレスを着ていて、長い髪が不思議な形にまとめてあった。その髪にはとんでもない数の棒状の髪飾りが刺さっている。すごく頭が重そうだ。
「お前は流浪の踊り子か……。言え、聞いてやろう」
ナナクサはとても満足そうに笑うと、こっちを見た。
ナナクサと目が合った瞬間、僕は思わず息が止まった。
ナナクサはセリちゃんじゃなくて、なぜか僕の方を見ていたからだ。
「今さっき、ここにうちの裏切り者がノコノコ入って来たのさ……。
うちのキャラバンでは掟があってね、キャラバンを出た人間は、キャラバンの時に使っていた名前を名乗らないこと、キャラバンの中で覚えた技は使わないこと、まあそんなのがいろいろあってね」
セリちゃんが僕に背を向けたまま、そっと指先で合図を送ってくる。『出口へ』――そういうサインだった。僕の緊張がさらに高まった。
「名前を聞いたことのあるやつはいるかい? ちょっとした有名人らしいねえ。【皆殺しのセリ】とか呼ばれてるようじゃないか。
セリって言うのは、もともとうちの踊り子に代々使われている名前の一つでねぇ。おかげでうちはもう『セリ』って名前が使えなくなっちまったのさ。
さあ、セリ。出ておいで。お仕置きをされにわざわざここまで来たんだろう?」
ナナクサは薄笑いを浮かべながら、今度はまっすぐにセリちゃんのことを見つめていた。




