piece.35-13
フードもなく、素顔をさらしたままのセリちゃんに近づく人は誰もいなかった。
さっきまでお尋ね者として手配書を貼られていたばかり。賞金首たちだって全部やっつけたわけじゃない。
僕はいつでもセリちゃんを守れるように準備していた。でも僕が出る幕は何もなかった。
セリちゃんから放たれる気迫に、誰も近づいてくる人なんていなかったからだ。
不用意に近づいたら殺される。
そう思わせる何かがセリちゃんから出ていた。
それは後ろを歩いている僕ですら感じていた。
後ろをついていくだけで精一杯だった。
とてもじゃないけど話しかけられない。
セリちゃんは怒っていた。
僕が今まで見た中で、一番怒っていた。
こんなに怖いセリちゃんを、僕は今まで一度だって見たことがなかった。
通りすがりの人たちが僕たちを避けて離れていく。
誰も僕たちに近づこうとしない。
みんながセリちゃんを怖がって避けていく。
人が混み合う街の中心部の大通りなのに、僕らの周りには誰一人いなかった。
声をかけられるどころか、誰かと袖すら触れ合うこともないまま、無事にディマーズの出張所に到着する。
「奥の部屋借りる。お湯を用意して」
まだ滞在していたラノフィンさんに声をかけ、セリちゃんが奥へと進んでいく。
セリちゃんを目にした瞬間、ラノフィンさんが血相をかえて椅子から立ち上がった。
「おい! 待て! お前まさか……!」
「殺してない」
セリちゃんはさっき僕に返したのと同じように、ラノフィンさんにかぶせ気味に返事をする。
「だけどその顔……」
「殺してない。私は殺してない。殺してない……」
その言葉は、ラノフィンさんに説明しているものではなく、まるで自分に言い聞かせるための呪文のように聞こえた。
「セリちゃん……」
僕が声をかけると、セリちゃんの体が小さく痙攣するように震えた。
「僕にも何か手伝えることある?」
セリちゃんは振り返らなかった。
キキョウさんを抱えて背を向けたまま、静かに呼吸を整えているように見えた。
「……キキョウに着替えを持ってきてくれる? 二階に泊まる用の部屋があるから、そこから適当に置いてある部屋着を持ってきて。私は先に、この子をきれいにしておくから」
ラノフィンさんが無言で僕に手招きする。二階へ案内してくれるらしい。
その間にラノフィンさんは、別の人にお湯を用意するように指示していた。
二階の一室に入ると、ラノフィンさんは大きく長いため息を吐いた。
「さすが二代目なんて呼ばれただけあるな。よくもまあ、あんな状態な初代の近くにいれたな。普通なら逃げ出す」
僕に着替えをしまっている引き出しの場所を伝えながら、ラノフィンさんの注意は常に下の階にいるセリちゃんに向いていた。
異変を感じたら、すぐに下の階に行けるような状態になっている。
「でも、何もできませんでした。あの……セリちゃんに刺されて気絶してる人がいるんです。どうしましょうか……その人」
ラノフィンさんはしばらく悩んで、つぶやいた。
「他のギルドに金払って対処させる。近くにいる手すきのやつに頼んでみる。初代を放置する方が今は危険だからな」
僕も賛成だった。
セリちゃんはおそらく、また自分の中にいるナナクサの毒と戦っている。
きっと――セリちゃんはグレイブを殺したかったはずだ。
でも殺さなかった。
かろうじて、だけれど。




