表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
流転するアルケウス ~inherited Meme~  作者: イトウ モリ
第4章 光芒の白 〜intermission〜
40/395

peace.4-10



 セリちゃんの言ったとおり、翌朝には僕のベッドの脇にはもう一足の靴が置かれていた。

 はいてみるとすごく軽い。きつくもないし、ゆるくもない。僕にぴったりの靴だった。


 朝ごはんを食べ終わると、僕たちは出発の準備を始めた。


 雨はわずかにパラパラと降るくらい。空も明るいから、歩いているうちに晴れてくるはずだとセリちゃんは言った。


 あと、もう一晩泊まると、「たぶん絶対に小人が来るなあ」と、セリちゃんが怖い話のテンションでボソッとつぶやいたのもある。


 一刻も早く出発しなくては……!


 僕は超高速で出発の準備を整えた。





 街道に出ると、また虹が出ていた。


 今度の虹は、端から端までめいっぱい。大きな半円だった。


「すごい……。橋みたいだね……」


「カイン、後ろも見てごらん。『妖精の梯子(はしご)』が降りてる」


 僕が振り返ると、灰色をした厚い雲の切れ間から、真っ白な光がカーテンみたいに降りてきていた。


 妖精のはしごって言うんだ……。


 たまに見たことがあったけれど、そんな素敵な名前があったなんて知らなかった。ただ……全然はしごには見えないけど。


 セリちゃんは立ち止まって空を見上げている。


「きれいだね……。

 雨が降ると濡れるし嫌だけどさ、こういう……光の橋や梯子(はしご)みたいなきれいな景色が見れるのは、やっぱり雨の後なんだよね……(くや)しいことに」


 悔しいと言うわりには、セリちゃんの顔はとても穏やかだ。そして、おいしいお菓子を食べたときみたいに、目がキラキラしている。


「嫌なことを我慢したご褒美ってこと?」


 僕がそんなことを思いついて尋ねてみると、セリちゃんはなぜか意地悪な顔をして笑った。


「そうだね。がんばって豆を食べたあとのハムみたいな感じ?」


 セリちゃんがふざけて笑う。


 もう! セリちゃんってば、やっぱり気づいてたんだな!

 自分だって好き嫌いあるくせに、僕にばっかり苦手なものを食べろって言うんだから。


 ずるい! セリちゃんはずるい! もう! 大人げない!


 だいたい豆のあとのハムはご褒美じゃなくて口直しって言うんだ! ハムのおいしさが豆のせいで半減しちゃうんだからな! もう! 分かってない! セリちゃんは全然分かってない!


 ――――でも……嫌なことのご褒美か……。


 僕はもう一度、空から差し込む光の帯を見上げた。


 あったかくて、柔らかそうな乳白色の光――。

 きっと、あの下に立ったら、優しく包み込んでくれそうだ。


 そう、まるで――……。


「じゃあハムじゃなくて、僕にとってはセリちゃんかな」


 セリちゃんが驚いたように僕のことを見た。


「僕……嫌なことって、いっぱいあったけど、今セリちゃんと会えてこうやって一緒にいれるのは、ご褒美なのかも。

 だって……きっと僕が普通の家の子供だったら、セリちゃんはきっと僕のことなんて……」


 僕はその続きが言えなくなった。


 セリちゃんが僕のことを、ぎゅーって抱きしめたから。


「カイン……。私……どうしたらカインみたいになれるかな……」


 セリちゃんの声はふるえていた。


 僕は思わずセリちゃんを抱きしめ返した。

 セリちゃんが怖いときは、絶対にすぐにぎゅーしようって決めてたから。


「セリちゃん? どうしたの? 泣いてるの?」


「ううん……。カインが……すっごい、かわいいこと言うから……、私もカインみたいになりたいなって思っただけ……」


「そ、そんなことないよ! セリちゃんだってかわいいよ!」


 僕はそう言いながら、本当にセリちゃんが泣いていないか確かめようとしたけれど、セリちゃんは僕の頭を自分の胸から離そうとしない。


「ううん。カインには負ける……」


「負けないでよ! セリちゃん、女の子でしょ!」


「……女の子って歳じゃあ、もうないけどね……」


「セリちゃんって、そういえば歳いくつなの?」


「そうだなあ、どうだったかなあ。たぶん……二十歳は過ぎてたんじゃないかなあ」


「え? 覚えてないの?」


 ようやくここで僕はセリちゃんから離してもらえた。

 セリちゃんは、いつものセリちゃんだった。


「女の人っていうのはですねえ、ある歳を過ぎると、途端に自分の年齢が数えられなくなるそうなんですねえ。

 いやあ、あるんですねえ、こういうことって」


 なぜかセリちゃんは、僕に怖い話をしていたときの口調でごまかした。


「セリちゃんずるいなあ。ひどいなあ。ごまかすんだなあ」


 気づくと僕にまで、その口調がうつってしまっていた。


 あれあれ? 変だなあ。おかしいなあ。変だなあ。


 僕たちは二人でそんなことを言いながら、ふざけて笑いあった。




 きっといつかセリちゃんは教えてくれる。今は言わなくても、いつかは必ず教えてくれる。


 僕はそう信じていた。


第4章 光芒の白 <KOUBOU no SIRO>

  〜intermission〜 END


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ