peace.4-10
セリちゃんの言ったとおり、翌朝には僕のベッドの脇にはもう一足の靴が置かれていた。
はいてみるとすごく軽い。きつくもないし、ゆるくもない。僕にぴったりの靴だった。
朝ごはんを食べ終わると、僕たちは出発の準備を始めた。
雨はわずかにパラパラと降るくらい。空も明るいから、歩いているうちに晴れてくるはずだとセリちゃんは言った。
あと、もう一晩泊まると、「たぶん絶対に小人が来るなあ」と、セリちゃんが怖い話のテンションでボソッとつぶやいたのもある。
一刻も早く出発しなくては……!
僕は超高速で出発の準備を整えた。
街道に出ると、また虹が出ていた。
今度の虹は、端から端までめいっぱい。大きな半円だった。
「すごい……。橋みたいだね……」
「カイン、後ろも見てごらん。『妖精の梯子』が降りてる」
僕が振り返ると、灰色をした厚い雲の切れ間から、真っ白な光がカーテンみたいに降りてきていた。
妖精のはしごって言うんだ……。
たまに見たことがあったけれど、そんな素敵な名前があったなんて知らなかった。ただ……全然はしごには見えないけど。
セリちゃんは立ち止まって空を見上げている。
「きれいだね……。
雨が降ると濡れるし嫌だけどさ、こういう……光の橋や梯子みたいなきれいな景色が見れるのは、やっぱり雨の後なんだよね……悔しいことに」
悔しいと言うわりには、セリちゃんの顔はとても穏やかだ。そして、おいしいお菓子を食べたときみたいに、目がキラキラしている。
「嫌なことを我慢したご褒美ってこと?」
僕がそんなことを思いついて尋ねてみると、セリちゃんはなぜか意地悪な顔をして笑った。
「そうだね。がんばって豆を食べたあとのハムみたいな感じ?」
セリちゃんがふざけて笑う。
もう! セリちゃんってば、やっぱり気づいてたんだな!
自分だって好き嫌いあるくせに、僕にばっかり苦手なものを食べろって言うんだから。
ずるい! セリちゃんはずるい! もう! 大人げない!
だいたい豆のあとのハムはご褒美じゃなくて口直しって言うんだ! ハムのおいしさが豆のせいで半減しちゃうんだからな! もう! 分かってない! セリちゃんは全然分かってない!
――――でも……嫌なことのご褒美か……。
僕はもう一度、空から差し込む光の帯を見上げた。
あったかくて、柔らかそうな乳白色の光――。
きっと、あの下に立ったら、優しく包み込んでくれそうだ。
そう、まるで――……。
「じゃあハムじゃなくて、僕にとってはセリちゃんかな」
セリちゃんが驚いたように僕のことを見た。
「僕……嫌なことって、いっぱいあったけど、今セリちゃんと会えてこうやって一緒にいれるのは、ご褒美なのかも。
だって……きっと僕が普通の家の子供だったら、セリちゃんはきっと僕のことなんて……」
僕はその続きが言えなくなった。
セリちゃんが僕のことを、ぎゅーって抱きしめたから。
「カイン……。私……どうしたらカインみたいになれるかな……」
セリちゃんの声はふるえていた。
僕は思わずセリちゃんを抱きしめ返した。
セリちゃんが怖いときは、絶対にすぐにぎゅーしようって決めてたから。
「セリちゃん? どうしたの? 泣いてるの?」
「ううん……。カインが……すっごい、かわいいこと言うから……、私もカインみたいになりたいなって思っただけ……」
「そ、そんなことないよ! セリちゃんだってかわいいよ!」
僕はそう言いながら、本当にセリちゃんが泣いていないか確かめようとしたけれど、セリちゃんは僕の頭を自分の胸から離そうとしない。
「ううん。カインには負ける……」
「負けないでよ! セリちゃん、女の子でしょ!」
「……女の子って歳じゃあ、もうないけどね……」
「セリちゃんって、そういえば歳いくつなの?」
「そうだなあ、どうだったかなあ。たぶん……二十歳は過ぎてたんじゃないかなあ」
「え? 覚えてないの?」
ようやくここで僕はセリちゃんから離してもらえた。
セリちゃんは、いつものセリちゃんだった。
「女の人っていうのはですねえ、ある歳を過ぎると、途端に自分の年齢が数えられなくなるそうなんですねえ。
いやあ、あるんですねえ、こういうことって」
なぜかセリちゃんは、僕に怖い話をしていたときの口調でごまかした。
「セリちゃんずるいなあ。ひどいなあ。ごまかすんだなあ」
気づくと僕にまで、その口調がうつってしまっていた。
あれあれ? 変だなあ。おかしいなあ。変だなあ。
僕たちは二人でそんなことを言いながら、ふざけて笑いあった。
きっといつかセリちゃんは教えてくれる。今は言わなくても、いつかは必ず教えてくれる。
僕はそう信じていた。
第4章 光芒の白 <KOUBOU no SIRO>
〜intermission〜 END




