piece.34-11
「……ちがう」
その言葉は、自然と僕の口からこぼれていった。
だって。
だってシロさんは僕に毒なんかうつしてない。
だから僕の中にいる毒はシロさんのものなんかじゃない。
そんなはずない。
だって、シロさんは僕がレネーマを殺しそうになった時に『よせ』って止めてくれた。
アスパードを殺すと僕が決めたときも、ギリギリまで『できもしないことをするな』と相手にしてくれなかった。
だから……だからそんな人が、僕に毒なんかうつすはずがない。
シロさんは僕の毒なんかじゃない。
シロさんはナナクサとは違う。
僕に毒を植えつけようとなんてしない。
そんなことするはずがない。
勝手なこと言うなよ……!
シロさんのことを何も知らないくせに――!
「今、君の中でどんな感情が芽生えているんだ?
俺への怒りか? 受け入れがたい、反発、拒絶、否定、抵抗……どういう気持ちが起きている?」
レミケイドさんの無感情で冷静な声を耳にして、頭にのぼっていた血が少しだけ冷えた。
ほんの少しだけだけれど。
僕が答えるよりも先に口を開いたのはレミケイドさんの方だった。
「正直に言わせてもらうと悩んでいる」
レミケイドさんの言葉の意味が理解できず、僕はレミケイドさんの顔をよく見た。
わずかに眉を寄せたその顔は、無理に笑おうとしているようにも見えた。
「……何を……悩むんですか?」
「彼は恐ろしいほどの毒を内に抱え込んでいるが、彼自身は少しも毒にのまれてはいない。
その精神力と毒への抵抗性には非常に興味がある。
しかし彼ほどの相手を収容し監視下におき続けることは、我々では不可能だ。
彼は我々の手に余る。彼を拘束し続けることは無理だ。だから様子を見させてもらっていた。
本来なら、速やかに対処が必要なレベルではあるが……」
レミケイドさんがシロさんを積極的に捕まえようとしていない理由がようやくわかってきた。
「そして君はこう言った。彼女の毒を治すことができるのは彼だと。
毒に対して相克関係にある毒で相殺する。もしそれが新たな毒の治療法として有効なら、完治の道がひらけるかもしれない」
そこまで語ると、レミケイドさんは疲れたように小さく息をついた。
「毒を以て毒を制す。そんな古い言葉を実現する事例になるかもしれないと期待してしまっている自分がいる。毒から救われたいと願う……ひとりの毒持ちの身勝手な期待だな」
レミケイドさんの目は、もう僕を威圧していなかった。
レミケイドさんの言った言葉を、もう一度頭の中で繰り返す。
少しずつ、僕は状況を理解し始めていた。




