piece.34-10
レミケイドさんに言われなければ気づけなかった。
僕の中にいるあの『虫』は、まだ死んでいない。
「レネーマ……僕の母の……首を絞めたんです。怒りが抑えられなくて、死んでしまえって思って……。
その時にレネーマの爪が僕の手に食い込んで、それから僕の手の中に虫が棲み始めたんです。ざわざわ動き回る、気持ちの悪い虫みたいなやつが。
アスパードがいた街にいるときも、虫が仲間を見つけたみたいに元気になって動きだしたり……あと……レネーマと同じような仕事をしてる女の人が許せなくて……気がついたら首を絞めてしまったり……。
僕の手が、僕の意思と関係なく、僕じゃない何かに動かされてるような、そういうことがあって……これが毒なのかなって……そう思ってました」
レミケイドさんは変わらず無表情で僕を見つめている。
「その虫は今どうしている」
「今は何も。だから、僕の中に毒がいるってレミケイドさんに言われなければ、ずっと気づけなかったです……」
自己嫌悪で自分のことを殴りたくなった。
セリちゃんが必死で自分の毒と戦っていたのに。
僕は自分の毒に気づくことすらできていなかった。
僕の方こそ、戦わなきゃいけなかったのに。
何がセリちゃんを止めるだ。偉そうに。
僕がセリちゃんの足を引っ張っていたかもしれないのに……!
「最も治療が困難で厄介な毒は、宿主が気づかないうちに奥深くに入り込み、種を植え付ける。
そして気配を消しながら根を張り巡らせ、芽吹き、宿主を覆いつくすほどに蔦を絡めていく。
大輪の花を咲かせるまで、誰にも気づかれずに……。
それがもっとも我々が恐れる種類の毒だ」
レミケイドさんから慰められても、自己嫌悪は増すばかりだった。
最初は気づけていたんだ。自分の中に毒がいる感覚に。
でも、セリちゃんに『痛いのとんでけ』をしてもらってから全然気にならなくなったから。
だからもう、毒の毒はいなくなったんだって――安心した……違うな、油断してしまったんだ、僕は。
「……僕の毒も、それなんですね……」
自分の口から、疲れ切ってかすれた声が出た。
訓練の疲れ以上に、今レミケイドさんから聞かされた話の衝撃が重すぎた。
もう、立っている気力もない。
そんな僕を静かに見つめながら、レミケイドさんはうなづいた。
「君は彼に心酔している。違うか?」
……彼?
頭が話に追いつかなかった。
レミケイドさんは僕の中にいる毒の話をしているんだと思っていた。
僕の中に毒が残ってるから、気をつけるようにと忠告を受けているんだと思っていた。
突然出てきた『彼』が誰なのか、僕には全く分からなかった。
「初めて彼を目にしたとき、恐怖を覚えた。あれほどの毒を内に秘めたまま正気を保てる人間がいるものかと、自分を疑った。
君は彼とずっといて、彼の毒の気配を苦痛に感じたことはあったか? アスパードとは比較にならないほどに深く、暗く、重く、震えが止まらなくなるほどの毒を」
レミケイドさんが言う『彼』が、シロさんのことを指していると気づくまで、僕は長い時間がかかってしまった。




