piece.34-1
「あー、もー、泣きすぎて目がヒリヒリするぅ」
セリちゃんは店を出た後も、ママンから渡された冷えたおしぼりを目に当てながら歩いていた。セリちゃんの目は泣きすぎたせいで真っ赤だ。
「セリちゃん、ずっと泣きっぱなしだったもんね」
笑う僕のことをセリちゃんは赤い目で睨む。
「逆にどうしてみんな泣かないのか不思議でしょうがないよ。だって、あんなふにゃふにゃでちっちゃくて頼りないのにさ、もう全身で生きてる~! ってだけでもう胸がキュウウウウン! てならない? もうさ、苦しさ乱れ撃ちだよ! 泣かない方がどうかしてると思う。
……そういうカインは、赤ちゃんから逃げ回ってたよね?」
別に逃げてたわけじゃない。
何かあったら困るから、下手なことはしないでおこうと思っただけだ。決して逃げてたわけじゃない。
「だって、もし落としたりしたら大変だし……僕が持った瞬間泣かれたらどうしていいか分かんないし、困るし、嫌だし、困るし……」
言い訳をする僕に、セリちゃんは「もう、怖がりなんだから」と口をとがらせた。
だから別に怖がってたわけじゃない。
もし落としたり泣かれたら困るってだけだ。
断じてあんなちっちゃい子を怖がってたわけじゃない。
セリちゃんは僕のことを誤解している。
けれどどう説明したところで分かってもらえない気がしたので、僕はこれ以上この話題が続かないように黙ることにした。そんな察しと我慢ができる僕ってちょっと大人だと思う。
「あ、そうだカイン、ちょっと寄りたいところがあったんだった。腹ごなしにつきあってよ」
セリちゃんが立ち寄った場所は、服屋――……と、思われる店だった。
なんでそんな表現しかできないのかというと、服屋とは名ばかりで、店の中は閑散としていて、売り物も十分に置いてあるとは思えなかった。
つまり、店として営業しているようには思えない。そういう店だった。
「こんにちわー」
セリちゃんが大きな声で呼ぶと、店の奥から女の人が出てきた。
その人の顔に僕は見覚えがあった。ディマーズの収容区画1階にいた女の人だ。
――ということは……?
レネーマがいるのかもしれないと思い、体がこわばってしまう。できることなら、顔を会わせたくはなかった。
「ああなんだ、あんたか。まあ、こんなでさ、見ての通りの閑古鳥だよ。まともに金が稼げるようになるまで先が思いやられるね」
どう見ても店をやっているように見えないような状態で、客なんか来るわけないのに。
そんな文句を言いたい気持ちを抑えて、僕は黙って下を向いていた。
セリちゃんの明るい声が店の中に響く。
「それはこれから、おいおいですよ。
空いてるならちょうど良かった。仕事を頼みたいんです。今度北に出かける用事があるんで、暖かい服を仕立てて欲しいんです。私とカインの二人分」
「防寒着が二人分ね。ちょっと待ってな。レネーマ! レネーマ! 仕事だよー!」
奥から出てきたレネーマは、僕らを見ると分かってはいたけれど嫌そうな顔をした。
きっと僕も似たような顔をしてたと思う。
昔よりはレネーマに対しての嫌な気持ちは薄れた気がするけれど、でもやっぱり顔を合わせると気まずいし、どういう顔をしていいのか分からなくなる。




