piece.33-12
「……ピッキー……?」
レッドの奥さんを目にしたセリちゃんの口からかすれた声がもれた。
その顔は、信じられないものを見たように驚きのまま固まっている。
ん? ピッキー?
僕はセリちゃんが口にした言葉を頭の中で繰り返した。
思わず僕は隣にいたウエポンを見る。
ピッキー。
そのあだ名的な呼び方はまさか……レッドの奥さんだし、もしかして……。
ウエポンは笑いながらうなづいた。
「そ。凄腕のスリだからピッキー。俺らの中で一番手癖が悪いのがあいつ。しなだれかかられたら最後、抜かれるだけ抜かれちまうんだぜ、いろんな意味で」
レッドの奥さん、実はすごかった説。
セリちゃんが席を立ち、レッドの奥さんに駆け寄る。
「ピッキー! 怪我は? もう大丈夫なの?」
「もうぜーんぜん大丈夫。刺されてすぐ、レミケイドさんが応急処置してくれたんだ。セリさんは……それどころじゃなかったもんね。……ごめんね、セリさん、私のせいで大事な髪、切られちゃってさ……」
レッドの奥さんが、赤ちゃんを抱いていない方の手でセリちゃんの毛先に触れる。
僕の中でこの二人の関係性がつながった。
前にレミケイドさんが言っていた言葉を思い出す。
アスパードの手下に刺されてしまった女の子がいたと言う話を――。
セリちゃんが髪をつかませたせいで助けられなかったと言っていた女の子――それがレッドの奥さんだったんだ。
セリちゃんはレッドの奥さんの手に優しく触れる。
「違うよ、切られたんじゃなくて自分で切ったの。だからピッキーが気にすることじゃない。
それよりも傷……残ってるんじゃないの? ごめんね、私のせいで体に傷が……」
気遣うセリちゃんに向けて、レッドの奥さんは勝気な笑顔を返す。
「あっはは! こんなん平気平気! 別に傷なんて前からあちこちあるし! もういまさら裸見せる相手なんかこいつだけだし!」
豪快に笑い飛ばしながらピッキーさんはレッドを指さす。なかなかに芯の太い女性らしい。
指さされたレッドは、気にした様子もなくセリちゃんに声をかけた。
「んなことよりうちの子抱いてやってくれよ。こいつ、ずっとセリさんに見せたくてしょうがなかったんだから」
「そうそう! ほらほら、抱っこしてよ、うちの子かわいいでしょ? あたしに似て」
とまどうセリちゃんに、ピッキーさんは赤ちゃんを押し付けるように抱かせる。
「あ……軽……。ちっちゃ……っ、……う……動いてる……はわわわぁぁ……」
セリちゃんの涙腺がどばっと決壊した途端、みんながどよめいた。
「え!? セリさん泣いた!? セリさんでも泣くことあんの? え? すごっ!」
「おいちょっと待て! 誰か泣くのに賭けたやついる!?」
マップがみんなの賭けた内容のメモを読み上げる。
「えー……デレデレが2票、びびってさわれないに3票、可愛すぎて攫おうとするに2票、強がってポーカーフェイスに1票、残念ながらこの賭け、勝者なしだね」
「じゃあ割り勘か! しゃあねえ! せっかく集まったんだし楽しく食うか!」
そんこんなで騒々しいながらも、楽しいパーティはしばらく続いたのであった。
第33章 追想の黒
<TUISOU no KURO>
〜juxtaposition〜 END




