peace.4-8
セリちゃんのことは心配だったけれど、久しぶりのベットの誘惑には勝てず、僕はあっという間に眠ってしまった。
だけど、足がモゾモゾする感触で目を覚ます。
「あ、やべ! 起きた!」
「おっきい声出さないで! お願い!」
僕の足の周りに小人がいた。そんなバカな。
……いや。夢だな……。
たぶん、僕はまだ寝てるんだ。だからこれは夢なんだ。
僕は冷静に状況を確認できた。ここは僕の夢の中だしね。
とりあえず、僕の足で何かをしようとしている小人に話しかけてみることにした。
「僕の足に何してるの?」
僕が騒がないので小人は安心したらしい。ほっとした表情で説明してくれた。
「セリって人に頼まれて、君の靴を作りに来たんだよ。今サイズを測ってたんだ」
「え? セリちゃんが? ホント? 嬉しいなあ。どんな靴を作ってくれるの?」
「そりゃあもう! ボクたちレプラホーンの作った靴っていったら! 羽のように軽く、鉄のように丈夫! 溶岩の上でだって、氷の上でだって踊れる靴だよ!」
「そりゃすごいね! 踊りも上手になる?」
「もちろんさ! ボクたちの靴をはいてボクたちと一晩踊れば誰だって踊り名人さ! 靴が完成したら一緒に踊るかい?」
いいの? と僕が答える前に、部屋の扉が開く音がして、ずぶ濡れのセリちゃんが入ってきた。
小人はいつの間にか消えている。
「あれ? カイン、起きてたの?」
「セ……! トーキこそ! なんでそんなにびしょ濡れなの?」
「しー! 静かに。もう夜中だよ。大きい声出さないで。
……ちょっと散歩してきたの」
「こんな大雨の中? こんな夜中に?」
「まあね。あー、寒い……。
ね、カイン。あのさ……あったまるまでカインのベッドに入れて?」
セリちゃんは濡れた服をあっという間に脱いで干すと、僕のベッドの中に入ってきた。
「はー……。あ……ったかー……」
セリちゃんが僕にぴったりくっついてくる。ひんやり冷たいセリちゃんの体とは逆に、僕の体はどんどんあっつくなっていく。
夢だ。これもきっと夢だ。すごい夢だ……!
だって! こんな下着姿のセリちゃんとくっついて寝るなんて……! そんな! そんなのって……! うわああぁぁぁああ……っ!!
「こ……こここ、このまま……寝ちゃっても……いいからね?」
僕はやっとのことでそれだけ口にする。
うまく口が回らない。夢にしてはリアルだ。口の中がカラカラになってきた。水が飲みたい。そんな感覚もリアルだ。あとなんか胸が爆発しそう。
「ありがとカイン。あったかー……ホッとする……」
セリちゃんはそう言うと、本当に眠ってしまいそうだった。
僕は冷たいセリちゃんの体を、少しでもあったかくなるようにさすってあげる。
本当に、すごく冷たかった。夢じゃないみたいに。
――ふと。
セリちゃんの胸に巻いている布が緩んでいることに気づいた。
とたんに僕の胸がバクバクバクバク激しく騒ぎ出す。
ダメだ! 静かにするんだ僕の胸! セリちゃんが起きちゃうじゃないか!
……。
……布……ほどけそうなのかな……。
…………布……苦しくないのかな…………。
……ちょっと……布……緩めてあげたりなんかしちゃったりして……。
べ……別に……セリちゃんの胸が見たいとかじゃなくて……。
ぎゅーぎゅーだと、きっと苦しくて、よく眠れないと思うんだ。うん、絶対にそうだよ。よくないよ。
べべべ別に……全部ほどこうなんて、そんなだいそれたことをしようとなんかしてないよ僕は。
ほんのちょっとゆるめて、セリちゃんの締めつけられている胸が少しでもリラックスできたらいいなーって、そういう……なんて言うんだろう……あ、そうそう、気遣い!
そう! 気遣いをしようと僕は思っているわけなんだ。
だから……。
セリちゃんを起こさないように……。
そーっと。そー……っと。
――ビキ!
「あたたたた!」
僕の手から腕に痛みが走った。
「カイン? どうしたの?」
セリちゃんが起きちゃった! なんてこった! 僕のバカ!
「なんでもないよ! 気にしないで! 寝てていいよ! あたたたた」
必死でごまかしてみるけれど、僕の腕に痛みが走る。夢にしてはリアルに痛い。
「ああ、手がつっちゃったのかな? ごめんね、狭かったからだよね。私もう隣のベッドに移るから」
「そ、そんなあ!!」
「どうしたの? そんな今生の別れみたいな絶望的な顔して……。あと夜中だから大きい声出しちゃダメだよ。すぐ隣のベッドにいるんだから怖くないよ、大丈夫」
ダメなんだよセリちゃん。全然大丈夫じゃないよ。そのベッドとこのベッドの間には深く険しい谷があるじゃないか……!
「カインのおかげで温まったよ。ありがと」
しかしセリちゃんは無情にも深き谷を渡って、遠き隣のベッドへと旅立って行ってしまった。
もう、僕の手の届かない遠い地へと……。
「…………どういたしまして」
そう返事をして、僕は枕を涙で濡らしながら、夢の中でもう一度眠りについた。
軟弱な僕の腕の筋肉め。許さないからな……。
そう自分に文句をぶつけながら――。




