piece.33-5
カシアさんは手に持ったカップを優しくテーブルへ置くと、目を伏せながら話し始めた。
「主人が昔の話を私に語ることは、最後までありませんでした……。父に何らかの弱みを握られていたようですが、決して私にそのことを話してはくれなかった。
でもあの人……一度だけとても酔った日があって、私にこう言ったんです。『叶うなら、昔の仲間に殺されたい』って。今まで見たことがないくらい、穏やかに笑って……」
苦しくて、息ができなくなりそうだった。
必死に歯を食いしばる。
堪えていないと、感情があふれて止まらなくなりそうだった。
ハギさんは、シロさんに殺してほしかったんだ。
そう思うと――胸がつぶれそうに苦しかった。
ジゼルさんが言っていた、傷だらけなのに安らかな死に顔をしていた人――それがきっとハギさんだ。
ハギさんが手加減をしていたとシロさんは言っていた。
それはきっと、シロさんに殺して欲しかったから。
自分の生を、シロさんに終わりにして欲しかったから。
でも、そんなのひどすぎる。
それじゃあシロさんの気持ちは無視じゃないか。
仲間だった人を殺さなきゃいけないシロさんがどんな気持ちになるか、何も考えてくれていない。
そんなの、ひどすぎる。自分勝手じゃないか。
「ハギさんは……穏やかな顔をして亡くなっていたんですね……」
責めたくなる気持ちを抑えたせいで、僕の声は震えていた。
「ハギ……そう……。それがあの人の、仲間との名前なのね。私には絶対に、その名前を教えてはくれなかった。
あなたが昨日庇っていた人は、あの人の仲間だった人。自分の命を託せるくらいに大切な仲間だった人。
そして、その人の命を狙っているのは……きっと父の関係者。そうなんでしょう?」
エイジェンの手掛かりがつかめると思い、僕は思わず身を乗り出した。
「心当たりがあるなら、ぜひ教えてください」
けれど、カシアさんは申し訳なさそうに表情を曇らせた。
「ごめんなさい。私、父とは疎遠だったから。父の交友関係については詳しく知らないの。本当は、少しでも何か協力できれば良かったのだけれど」
落胆した僕に代わって、今度はセリちゃんがカシアさんに質問する番だった。
「あなたのお父様が引き取った子どもたちはどうなりますか? お父様の財産を引き継ぐのはどなたですか? その人はこれまでのことを全部ご存じですか?」
「兄が家を継ぐはずです。でも兄はずっと孤児に私財を使うことを良くは思っていませんでした。おそらく父が囲っていた子どもたちは近々追い出されてしまうと思います。今後の支援や援助も打ち切るつもりかと……。
さっきの話を聞いている限り、この結末は主人の望んでいた結果なのかもしれないですけど……」
そうしたら、その子たちはどうなるんだろう。
これで人殺しにならずに済んで、幸せだと思うのだろうか。
それとも、これから一人で生きていくために、教わった人殺しの技術を使って、人を襲い、殺し、奪いながら、結局同じことをしていくしかないのだろうか。
それは、あまりいい結末だとは思えなかった。




