piece.33-2
「セリ……姉さま……」
聞き覚えのある声がして振り返ると、雑踏の中でキキョウさんが思いつめた顔をして立っていた。
セリちゃんは困った顔をして笑う。
「うーん……その呼び方は、あなたからされる筋合いはないんだけどなあ」
「私の話を聞いてください。お願いですセリ姉さま」
キキョウさんはセリちゃんに向かって深々と頭を下げる。
この後キキョウさんがセリちゃんに何を言うのか分かっていただけに、僕は複雑な気持ちでセリちゃんを見つめた。
「じゃあ、こんな道の真ん中で話し込むようなことじゃなさそうだし、そこのお店でお茶でもしながら話そうか。奢るよキキョウ、おいで」
セリちゃんは小さくため息をつくと、通り沿いのテラス席を指さして、僕たちを先に座らせた。
セリちゃんはというと、僕たちを置いて、注文のために店の中へと入ってしまう。
気まずかった。
キキョウさんは僕と目を合わさないように、テーブルを見つめたままずっと黙っている。苦痛な沈黙が場を満たす。
店から三人分のカップとお茶の入ったポット、それに小さな焼き菓子の盛り合わせを乗せたトレーを持ったセリちゃんが出てきて、遅れて席についた。
仲良くティータイム――形だけ見ればそんな構図だけど、キキョウさんの表情や、これから出てくる話題に見当がついていた僕は、全く楽しい気分にはなれなかった。
「セリ姉さまは……ナナクサを殺せますか……?」
絞り出すようなキキョウさんの言葉を、セリちゃんは落ち着いた表情のままで受け止めていた。
「どうして私にそんなことを聞くの?」
「私の実力じゃ……あの人を殺せないから……。セリ姉さまならできると思って……」
セリちゃんの表情は変わらない。
表面上は、冷静に見えた。
「キキョウがあの人を殺したいんでしょ?」
セリちゃんの指摘にキキョウさんは苦しそうに眉を寄せた。
「殺したいです……あの人は私の恩人を殺したから。
でも私にはあの人を殺せるだけの腕はなくて、だから……」
キキョウさんの言葉をセリちゃんが遮った。
「もうその名前名乗るのやめなよキキョウ。『キキョウ』にあなたは向いてない」
「……え?」
キキョウさんは何を言われたのか理解できない様子で、呆けた顔のままセリちゃんを見つめた。
「向いてないんだよ。自分が殺せないからって誰かに殺してくれだなんて、そんなことを言う時点でもう終わってるんだよ。もう全部忘れてさ、普通の人として生きな。それがいいよ」
あまりにも突き放すような言い方のセリちゃんにキキョウさんが必死で言い返そうとする。
「私は……! 私はハギにずっと……!」
「なあに? 鍛えてもらってたって?
なら、そのハギって人はあなたを本気で育てるつもりなんてなかったんだよ。だってありえないもの、あなたのその考え方」
「そんなことない! 私は……私は……!」
「『殺せないなら死ぬまで切り刻め』」
セリちゃんの口から、セリちゃんじゃないような低い声がした。
周りの温度が一気に冷えたように感じて、鳥肌が立った。
「私はね、そう言われて鍛えられたよ。私たちは殺すために生かされてる。殺せないのなら要らない。それが私たちの存在意義。私はそう習ったよ、私はね」
そこには僕の知らないセリちゃんがいた。
『キャラバンのセリちゃん』が――。




