piece.32-15
「僕に提案があるんです。ナナクサを追う前に、先にセリちゃんと一緒にアルカナの情報を持っている人に会いに行かせてほしいんです」
メトトレイさんは、意表を突かれたように目を丸くした。
「アルカナ? そんな根拠のない言い伝えに出てくるような代物を信じてるの? あれはただの作り話で……」
「その謎を解いた人がいるんです。その人から話を聞けたら、セリちゃんがナナクサと会っても毒をコントロールできるかもしれない。
ディマーズに留まってても、これ以上セリちゃんの毒がどうにもならないのなら、その人に賭けるしかないんです」
メトトレイさんは難しい顔をして考え込んだ。
「ナナクサの動向が分からない以上、セリさんのためにディマーズの誰かをずっと護衛につけておくわけにはいかないわ。向かう土地によっては、ディマーズのサポートが行き届かないことも考えられるし……。
そんな場所で、もしセリさんの毒が暴走したらどうするの?」
「僕が止めます。セリちゃんを傷つけることになっても」
メトトレイさんは、二代目と呼ばれるようになった僕へ忠告した。
僕の役割はセリちゃんと止めることだと。
今、その言葉の重みがはっきりと分かる。
セリちゃんの隣に居続けること、それはただ一緒にいたいからなんて――そんな生半可な気持ちでは駄目なんだ。
どんなことがあっても、離れずに居続ける覚悟――メトトレイさんは、それを僕に問うていたんだ。
それに、シロさんは言った。
僕にセリちゃんを殺させたくないから、自分がエイジェンを殺すのだと。
そう言い残してシロさんがいなくなった今、僕の中にずっと強い怒りが燻り続けている。
自分が殺せないからって、人に殺させるのは間違ってる。
僕は間違っていた。
あのとき、僕に覚悟があれば、シロさんを止められたかもしれないのに。
僕はずっと腹が立っている。
覚悟のなかった自分に対して、ずっと腹が立っている。
セリちゃんを殺したくない。
セリちゃんを失いたくない。
でも同じくらい、毒で苦しむセリちゃんを見ているだけの自分は嫌だった。
シロさんに汚い仕事を押しつけて、自分は知らんぷりだなんて、それじゃあ僕はエイジェンと同じになってしまう。
そんなのは嫌だった。
僕も一緒に、二人の苦しみを背負うからと言えれば良かったんだ。
もし三人で苦しみを分け合えていたら、きっと今こんなことになってなかったはずだ。
それが言えなかった。
僕には覚悟がなかったから。
もう子供扱いなんかされたくない。
二人と同じ目線で立っていたい。
二人と同じ場所に立ちたい。
だから、僕は覚悟を決める。
もし、【その時】が来た時の覚悟を――。
「いい顔してるわね」
メトトレイさんがジセルさんとレミケイドさんに目配せして微笑む。
ジセルさんがセリちゃんを冗談めかして小突いた。
「おいおい、二代目がこれだけ誠意見せてんだ。初代、お前はどうする?」
セリちゃんは横になっていた体をゆっくりと起こした。
そしてジセルさん、レミケイドさん、メトトレイさんの順に向き合っていく。
「メティさん……じゃなくて、ボス。
もう一晩、私の再現症状の再発につきあってもらっていいですか? ボスの力を借りずに、もう一回過去を引きずり出して向き合ってみます。
それでもし、私が自分の力だけで症状をコントロールできたら……私に、カインとここを出ていく許可をください。
仮にもディマーズのメンバーとして、二度も毒に飲まれるような真似、するわけにはいきませんから」
メトトレイさんは微笑みながらセリちゃんの隣に腰かけ、厳しい顔をしているセリちゃんの肩を優しく抱いた。
「うふふ、あなたにボスって呼ばれると変な感じね。今まで通りメティでいいわよ」
「……もう、人が覚悟を決めてボスって呼んだのに……」
ふてくされたセリちゃんの髪をメトトレイさんがなでる。伏し目がちなその瞳はとても優しかった。
「あなたが私をボスって呼ぶときは、全部が終わったときよ。
あなたの毒が全部消えて、それでもまだ、あなたがディマーズに残ると決めたときまで取っておくわ。
その方が感動するでしょ?」
「……本当に厳しいなあ……メティさんは」
俯いているセリちゃんの声が涙声なのは、みんな分かってた。
僕とレミケイドさんとジセルさんは、誰が合図をしたわけでもなく、静かに席を立ち、部屋を出る。
セリちゃんはきっと乗り越えられる。
僕はそう信じていた。
第32章 機略の黒
<KIRYAKU no KURO>
〜negotiation〜 END




