piece.32-11
僕は一度メトトレイさんに聞いていたことだけれど、改めて確認をとった。
「アドリアは親のいない子供を引き取って育てていたそうですね」
「そうね、慈善活動家として慕われていたわ。活動自体は先代のころからずっと続けていたけれど、アドリア氏の代になって、より積極的になっていたわね」
メトトレイさんの言葉からは、尊敬の念がこもっていた。その言葉の通り、メトトレイさん自身も慕っていたのかもしれない。
「……その子供たちに訓練していたそうです。かつてのエイジェンのように……人殺しとして育てるための訓練を」
みんなの顔色が変わる。
セリちゃんが悲痛な表情でメトトレイさんへ問いかけた。
「……あの……私……前にあちこちでアスパードのアジトを潰しまわって……そこで助けた子供たちを、ディマーズで保護してくれてましたよね? あの子たちって……どうなりましたか……?」
「親元へ返せる子たちは返したわ。でも中には難しい子もいて……」
そこでメトトレイさんは言葉を切った。ジセルさんも顔を伏せている。
その沈黙が答えだった。
親のところへ戻れない子供たちは、アドリアが引き取った――そういうことだ。
「その子たち、今どこにいるんですか? アドリアの屋敷にいるんですか? アドリアは何人引き取ったんですか? その子たちの……」
「セリさん!」
メトトレイさんが鋭い声でセリちゃんの言葉を制した。
「気持ちは分かる。でも冷静になって。孤児を引き取るということは、きれいごとだけで続けられることではないの。どうしても裕福な人間に託さざるを得ない。差し伸べる手を疑い続けていたら、立ち行かなくなってしまう。
それにあなたが子供たちの行方を知って何をするつもりなの? 全員あなたが育てる気なの? 無茶を言わないで」
メトトレイさんの声は、セリちゃんには全く届いていないように見えた。
セリちゃんの目は、今ここにあるものを何も映していない。
「……アスパード……」
セリちゃんが低く震える声で呟いている。
「アスパードがリリーパスに来たのは……子供を売りに来ていた……? 私に執着してたのも、アドリアから私の正体を聞いていたから……? アドリアは……私のことを知っていた……? 私が気づけたら……もっと早く気づけたら……」
「セリちゃん!」
僕はセリちゃんのベッドに駆け寄り、肩を強く揺さぶった。
セリちゃんの目は僕を通り越してどこかを見ていた。
セリちゃんは僕じゃなくて、アスパードの亡霊を見つめている。
僕は寝ているセリちゃんに馬乗りになって、さっきよりももっと激しくセリちゃんを揺さぶった。
「セリちゃん! 冷静になってよセリちゃん! 終わったことをどれだけ悔やんだって起きたことはもう変わらないんだ!
お願いだからこれから先のことを見てよ! 過去ばかり見てるから何度も毒に飲まれるんだ! アスパードは死んだ! アドリアも死んだ! 死んだ人間はもういないんだよ! これからセリちゃんが考えなきゃいけないことは何? 死んだやつのことを考え続けるだけ? 違うでしょ? 今しなきゃいけないのは何? お願いだからそれを考えてよ! 僕と一緒に考えてよ!」
セリちゃんは驚いたように僕を見ていた。まるで知らない人を見るように――。
でも、セリちゃんの目は、たしかに僕を映していた。
セリちゃんの心は、ちゃんと今ここにいる。
セリちゃんの瞳に、光が戻ってくる。
「……私がしたいこと……しなきゃいけないことは……もう……私みたいな人間を増やさないこと。
……こんなことを……もう、おしまいにすること」
セリちゃんの本心を聞けて、僕の決心も固まる。
僕はベッドから降りると、メトトレイさんとジセルさんを振り返った。
「それについて、ディマーズとしてはどう思ってますか? エイジェンだったアドリアはディマーズへ資金提供していました。
アドリアは死にましたが、他にもアドリアのような資金援助者が仮にエイジェンだった場合、ディマーズはその人たちを敵に回せますか? ……回すつもりがありますか?」




