piece.32-8
ナナクサに会うため、グートの屋敷へ入ろうとしたときに、セリちゃんがキャラバンの仲間であることを証明するために、門番の前で剣舞を踊った時があった。
あの時の目だ。
どこまでも深く落ちるように吸い込まれそうになる目。
ナナクサのように、見つめる相手を引き寄せてしまう目だ。
いつものセリちゃんと違う。
大きな再現症状を起こしたせいで、まだ完全に毒から回復しきれていないのかもしれない。
もしかしたら僕が今この話をセリちゃんにするのは良くないのかもしれない。
ますますセリちゃんがナナクサに近づいてしまうのかも……。
だけど、誰もいないこのタイミングを逃したら、次はいつ話せるか分からない。
「ねえ……セリちゃん」
「なあに?」
セリちゃんの声がいつもより甘く聞こえる。
その声を聞いて連想するのは、シロさんがナナクサをしているときの声だった。
「セリちゃんは……スズシロさんのこと、好き?」
「…………は……?」
セリちゃんの口から、いつものセリちゃんの声が出た。
セリちゃんの目が泳いでいる。明らかに困惑した様子で、落ち着きがない。
もうセリちゃんからはナナクサの気配はしない。ナナクサのナの字もない。
「……に……ににに、兄さまを……好きかって……? えぇぇぇ……? んんん……っ、いやあぁぁぁ……なんというか、難しい質問というか……答えることが憚られるというか……正直に言ってしまったら後が怖いというか……身の危険が危ないというか……」
眉間に深いしわを寄せ、すごく苦しそうにセリちゃんが声を絞り出している。
なんだかすごく痛そうな顔をしているのは、もしかしたら吊るされたり蹴られたりした記憶を思い出してしまっているのかもしれない。
これは治療に悪影響かも。
これ以上考えさせるのはよした方が良さそうな気がしてきた。
「ごめんね、変な質問して。えーと……じゃあ、スズシロさんのことは嫌い……かな?」
質問の仕方を変えると、セリちゃんの表情が変わった。
困ったような、悲しそうな、疲れたような笑みに。
「……ううん、嫌いじゃないよ、兄さまのことは。
好きかって聞かれると……なんだかものすごぉぉぉく抵抗感があるし、こここ怖すぎて、すすす好きなんて言ったらどどどどんな目に遭わされるか……恐ろしすぎて言えないけど……。
……うん、嫌いじゃない。兄さまのことは嫌いじゃないよ。……好きとは……言えないけど……怖くて」
いつものセリちゃんの、セリちゃんらしい表情だった。
多少青ざめてるけど。声も震えてるけど。
たくさん傷ついて、たくさん涙を流してきたセリちゃんだから。
そんなセリちゃんだから浮かべられる優しい表情だった。
これ以上、セリちゃんの悲しみを増やしたくない。
セリちゃんには笑顔でいてほしい。
そのためには、どうしてもシロさんの協力が必要だった。
そして、セリちゃんの協力も。
前にステラが言ってた。
セリちゃんの光が消えそうに弱いのは、真っ黒な憎しみの星がセリちゃんを飲み込もうとしてるからだって。
それは、ナナクサがセリちゃんに植えつけた毒として、今もセリちゃんを苦しめ続けている。
その呪いを解くことができる男の人というのは、やっぱりシロさんのことなんだと思う。
さっきまでナナクサみたいだったセリちゃんが、シロさんの名前を出すだけで元のセリちゃんに戻った。
それが何よりの証拠だ。
セリちゃんをナナクサにしないために。
セリちゃんがこれ以上毒に苦しめられないために。
シロさんを助けて、そしてセリちゃんを助けてもらわなくちゃいけない。
「ねえセリちゃん、お願いがあるんだ」
セリちゃんは僕の目をまっすぐに見て、優しく目を細めた。
言葉がなくても伝わってくる。
セリちゃんは、僕の言うことを受け入れてくれるつもりで話を聞こうとしている。
嬉しかった。
僕のことを信じてくれているのが分かった。
僕は言った。
僕がこれからやりたいことを。
「シロさんを助けたいんだ。だから、セリちゃんの力を貸してほしい」




