piece.32-7
案内された部屋に入ると、セリちゃんがベッドで横になっていた。
ベッド脇には何回か見かけたディマーズの男の人がいる。名前はたしか、ジセルさん……だった気がする。
ジセルさんとセリちゃんが僕たちの方を見た。
衰弱していると言われていたけれど、セリちゃんの顔色は想像していたよりも良かった。
でも、セリちゃんが目を覚ましているタイミングで会えたことを、嬉しいと感じるよりも先に、小さな違和感を感じた。
言葉にできないくらいの、でも妙に引っかかる小さな、とても小さな違和感を――。
「気分はどうだ」
レミケイドさんが尋ねると、セリちゃんが苦笑しながら答えた。
「あんまり良くない。だからジセルとしりとりしてた」
「しりとり?」
会話の前後の意味が不明すぎて僕は変な声をだしてしまった。具合が良くないと何でしりとりをするんだろう。
僕の疑問に答えてくれたのはジセルさんだった。
「気持ちが内に向きすぎると、また不安定になるからな。気を紛らわせるにはちょうどいいだろ?」
「ジセルのしりとりおもしろいんだよ。『誰かしりとり』っていうの」
セリちゃんがそう言うと、なぜかジセルさんがレミケイドさんから目をそらした。
それに気づいてセリちゃんが慌てて説明をつけ加えた。
「あ、別にレミケイドの悪口なんて言ってないよ。本当だよ」
「初代〜、そのタイミングでそれ言ってもフォローになんないって」
ジセルさんが苦笑いしている。つまりレミケイドさんの悪口しりとりをしていたらしい。
しかもそれを本人を前に言うって……。
「お楽しみのところ悪かったな。ボスが戻るまでこのまま待機していろ。自分は仕事に戻る」
そう言ってレミケイドさんは、僕を部屋に残して出ていってしまった。
「初代〜、変なフォローやめてくれよ〜」
ジゼルさんがセリちゃんに文句を言うけど、顔は笑っているから本気で困っているわけではないらしい。
「ごめんごめん。ところでジセル、用足しに行きたかったんでしょ? カインもいるし、行ってきたら?」
「いや、でも、ボスから目を離すなって言われてるしさ」
「あれ? 大なの? 小だったらすぐ戻って来れるでしょ? それくらいなら大丈夫だよ、いきなり急変したりしないからさ」
「なあ〜初代、もうちょっと言い方考えてくれよ〜。たしかに小便だけどさ〜」
「じゃあすぐ帰ってこれるじゃん。行ってきなよ、漏らす前に」
「漏らすか! ホント言い方考えてくれよ。今度初代しりとりのネタにするからな。【デリカシーがない】って」
「あはは、楽しみにしてる。ほらほら、せっかくカインがいるうちに行ってきなって。漏らす前に」
「漏らさねーよ! ……わかったよ。じゃあえーと、……り、り、り……【理屈屋】! 【や】な。戻るまで考えとくんだぞ!」
ジセルさんはしりとりのお題を出して部屋を出ていく。
足音的に駆け足で用を足しに向かったようだ。
セリちゃんが僕を見た。
なぜか緊張した。
セリちゃんなのに、セリちゃんじゃない気がして。
「あったんだね……」
セリちゃんの静かな声が部屋に響いた。
あったんだね、が『会ったんだね』だという意味だということは、なぜかすぐに分かった。
どうしてわかったんだろう。
僕がシロさんと会ったことを。
だけどそんなことよりもセリちゃんの目が怖かった。
僕はこの目を知ってる。
この目を見たのはいつだっただろう。
セリちゃんが、ナナクサに見えた。




