peace.4-6
夜――――。
僕たちは食堂のテーブルに向き合って座りながら、ぐったりしていた。
変装用のお化粧でかわいくしたはずのセリちゃんは、眉間にシワを寄せて、口をへの字にしながらぼやいた。
「……あー、やっちゃったぁ……。全っ然お腹すかない……」
僕もいつもだったら楽しみなはずのごはんタイムなのに、あんまり楽しみじゃない。
「……僕、ごはんが食べられるのにお腹がすいてなくて食べられないなんて、うまれて初めてかも……」
二人で調子に乗ってお菓子を食べ過ぎてしまって、ちょっと気持ちが悪い。
セリちゃんが言うには、こういうのを『胸やけ』というらしい。
大雨でこれ以上売れなさそうだからと言って、お菓子屋さんが在庫処分価格で売ってくれたせいで、……じゃなくておかげで――、僕もセリちゃんもお腹がいっぱいだった。
いま思えば、全部一気に食べなくても良かったのかもしれない。明日に取っておくとか……。
でもあんなにおいしいお菓子を前にしたら、とっておくなんて絶対にできない。二人で奪い合うように、あっという間に食べ切ってしまった。
絶対に夜ごはんは食べれない……。
そうは思うんだけど、食堂が閉まっちゃうと、朝までなにも食べられなくなってしまうので、一応軽く食事をすることになった。
「サラダとスープと……カナッペみたいなもので済ませちゃおっか」
セリちゃんがメニューボードを見ながら注文しようしたので、僕はあわてて口を挟んだ。
「あ……僕サラダいらない」
「カイン、野菜も食べなさい」
セリちゃんがムッとした顔で僕を見た。僕はすぐに說明する。
「スープの野菜ならちゃんと食べるよ。でも僕、いままであったかくない食べ物ばかり食べてきてたから、冷たい食べ物ってなんか……嫌な思い出がでてきちゃうっていうか……」
どうしても食べるものがそれしかないなら食べるけど、やっぱり僕はあったかい食べ物の方が安心する。
「……そっか」
セリちゃんはスープとカナッペを注文する。サラダは頼まないでくれるみたいだ。
「……あれ? でもカナッペは冷たいけど平気?」
「うん。見た目がカラフルで、おしゃれで、見てるとワクワクするし好きだよ」
「……サラダもそうじゃない?」
「サラダは違う」
僕は真剣な顔で否定する。
セリちゃんは分かってない。なんにも分かってない。
サラダはいくらきれいにごまかしていても、生の野菜をただ皿に載せているだけだ。
カナッペにはチーズや燻製した魚や、タマゴだって乗ってる。全然豪華さが違う。そしてハムが乗ってたら最高だ。
「ただの好き嫌いだったりして……」
セリちゃんが意地悪な顔をして笑う。
あ。そういうこと言うんだ。じゃあ僕だって言うよ?
「トーキ? そういうトーキだって嫌いなのあるよね?
この間の毒消し草だって、『もうヤダ!』とか『無理だもん!』とか子供みたいなこと言って泣いてたじゃん」
僕の反撃に、セリちゃんは味を思い出したのか、一瞬顔をしかめた。
「……あれは――――……具合も悪かったしなあ……。熱もあったしなあ……覚えてないなあ……。そんなこと、言ったっけなあ……?」
そっぽを向いて、頬杖で顔を隠すセリちゃん。でも耳が真っ赤になっている。
……怪しい……。
「……本当かなあ? ねえ、本当に覚えてないの? バルさんに『オレンジ絞ったの飲むぅ!』って、おねだりしてバルさんビックリしてたけど」
正確には泣きじゃくり過ぎて、オレンジが『おでんぢ』の発音になっていたことは、僕とバルさんの心のメモリーに大切にしまわれていたりする。
もちろん、セリちゃんにはないしょだ。
「……っ! あれはおねだりじゃなくて!
……あーもう! 覚えてますー! あのマズさは別格! あれが普通に飲める人なんていないから! ……もう! カインのいじわる……!」
唇をとがらして、イジケてるセリちゃんがかわいかったので、僕はそれ以上はいじめないであげることにした。
そして、ふくれているセリちゃんの真っ赤になった横顔は、僕だけの心のメモリーにしまっておくことにした。
……これは、バルさんにはないしょだ。




