piece.32-5
僕の中にわだかまっている昏い感情――それを隠して、僕は表面上は申し訳なさそうな演技をした。
「ごめんなさい……。その、僕はあまり事情がよく分かってなくて……お役に立とうにも、何を話せばいいのか……」
これは嘘じゃない。
何をどこまで話せばいいのか考えるための情報がほしかった。
でなければ、この人が知らなくてもいいことを知ってしまって危険に巻き込まれる可能性がある。
もちろんその逆も――。
この人自身もエイジェンかもしれなくて、同情を誘ってシロさんの情報を引き出そうとしているかもしれない。
僕はもう、誰も信じられなくなってきた。
「昨夜、父の屋敷で起きた事件についてはご存じないのですね?」
僕はメトトレイさんとレミケイドさんの顔を確認してから、カシアさんにうなづく。
「何も聞かされてないです。殺されたのは二人だけだったんですか?」
「ええ。私は別宅にいるもので、メトトレイさんから聞いた話で恐縮ですが、屋敷の者たちは全員眠らされていたそうです。誰も侵入者には気づかなかったと証言しているそうです」
ちらっと、カシアさんがメトトレイさんたちに視線を送り、言葉を続けた。
「この事件が、屋敷内の人間によって行われた可能性があると聞かされていたのですが、今日あなたが街で怪我人を見かけたとうかがいました。
それでもしかしたら、あなたが事件の犯人と出会っているかもしれないと思い、お話を聞きたかったのです。結果的にこのような盗み聞きのような形になってしまい、本当に申し訳ありませんでした」
頭を下げるカシアさんに、形式的で無難な返事を返しながら、僕は頭の中で急いで情報を整理した。
僕が怪我人を見かけたという話は、おそらくディマーズの誰かがレッドから聞き出した情報だろう。
僕はレッド夫婦には、これといって何も事情を伝えていない。
僕が預けていた荷物から必要なものを回収するついでに、傷薬のようなものがあれば分けてほしいと頼んで、消毒用の酒と軟膏を分けてもらっただけだった。
きっと気を利かせたレッドたちが、うまくはぐらかして答えてくれたのかもしれない。
その情報を入手できた偶然に感謝する。なんとか話をうまく合わせつつ、このカシアという人から情報を引き出さなくては。
「ディマーズの方々が、あなたが会ったと思われる怪我人の方を探し回ったそうなんですが、手掛かりはまったくないそうで。その人は街のどのあたりでどのような怪我をされていたんです?」
シロさんの行方はつかめていない。
安堵。
そして焦り。
シロさんのことが見つからない方が安全なのか、見つかった方が安全なのか、僕にはまだよく分からなかった。
きっとシロさんは次のエイジェンを殺すために機会をうかがっているんだと思う。
この街にまだエイジェンはいるんだろうか。
それは目の前にいるカシアその人だろうか。
もうエイジェンがリリーパスにいないのであれば、次のエイジェンを殺すために、シロさんはもうこの街を発ってしまったのかもしれない。
そうなったら困る。
追いつけなくなる。
手がかりを集めなくては。
シロさんを追いかけなくては。
こんなところで足止めされてる場合じゃない。
どう答えよう。嘘を言ってもすぐにばれそうだ。
キキョウさんにナンパしていた二人組だって、すぐにディマーズから話を聞かれることになるだろう。
僕がシロさんといたことは遅かれ早かれ露見する。
……賭けてみようか。




