piece.32-2
「キキョウさんはキャラバンにいたときのセリちゃんのこと、知ってるの?」
「あはは、あの人たちの活躍は話でしか聞いたことがないよ。すごすぎて聞かされてるこっちとしては作り話でも聞いてるみたいな、とんでもない話ばかりをね」
キキョウさんの言葉には、わずかに卑屈な響きがあった。
キキョウさんの言っていることは、さっきシロさんから聞かされた話と一致する。
キキョウさんと比べると、シロさんやセリちゃんの実力は桁違いにハイレベルのようだ。
もしかして、もうセリちゃんをナナクサにするための動きは始まってるのかもしれない。
ということは、キキョウさんがここにいるのは、僕を利用してセリちゃんと接触するため――?
「キキョウさんは……どうしてここに?」
キキョウさんは言いづらそうに視線をそらした。
不思議だった。
キキョウさんからは、威圧的な態度のようなものは何も感じない。
もし仮にエイジェンの刺客なのだとしたら、力づくで誘拐されたり、警告として襲われたりするくらいのことを覚悟していたのに。
「セリ姉さまと……話がしたくて……」
予想通りの答えだったのに、言い方はまったくの予想外だった。苦しそうで、悲しそうなのに、だからといって無理やり言わされている感じでもない。
「それは……どうして?」
「ナナクサを殺すのを……手伝ってほしいから」
その声があまりにもつらそうだったので、僕の口から同じ問いが自然に漏れた。
「それは……どうして?」
「私の力じゃ……あの人に敵わないんだ。
でも憎いよ……あの人はハギを殺した……だから……どうしても仇を討ちたい」
キキョウさんは迷ってる。そんな気がした。
憎いと言っているのに、その顔からは強い憎しみは感じられない。
殺したい。殺せない。
殺せない。殺したくない。
いろんな感情がキキョウさんの中でせめぎ合っているように感じた。
シロさんは、すごく魅力のある人だ。
ナナクサをしているときのシロさんも、きっとキャラバンのメンバーを惹きつける魅力が溢れていたと思う。
キャラバンの人とは、ほんの数人だけ口をきいた程度だったけれど、みんな団長のナナクサのことを慕っている様子だったのを覚えている。
キキョウさんの表情や言動も、僕を油断させるための演技には見えなかった。
キキョウさんは、どこかでナナクサを殺したくないと思っている。僕にはそう思えた。
それなら――。
「セリちゃんは殺し屋じゃない。そういう理由なら会わせるわけにはいかないよ」
まずはキキョウさん自身に冷静さを取り戻す時間が必要だと思う。
そして僕には何よりも優先しなくちゃいけないことがある。
「悪いけど、急ぐから。じゃあね」
僕はそのまま大通りに向かうため、キキョウさんの隣をすり抜けようとした。
けれどキキョウさんの手が、僕の腕を力強くつかむ。
「……あんたねぇ……他人事だと思ってずいぶん冷めた態度とるじゃないか。どうせあんたみたいな平和ボケしたガキには分からないだろうさ……大切な人を殺された気持ちなんて……!」
低い声で凄むキキョウさんを、僕は静かに見つめた。
キキョウさんが自分から手を離してくれるまで、じっと動かずキキョウさんの目を見つめ続けた。
険しかったキキョウさんの顔が、次第に悲しげな顔にゆがみ、僕の腕をつかんでいた手の力が抜ける。
キキョウさんの言う通り、僕は大切な人を殺された気持ちなんて分からない。なんならこのままずっと、分からないままでいたいとさえ思ってる。だから、僕に言い返す資格なんかない。
「そうだよ、分からないよ……殺されるのも、殺してしまうのも……。分からないし、分かりたくもないよ……。
でも、自分が殺せないからって、それを手伝ってもらおうとすることが、いいことではないってのだけは分かるよ。それだけは分かる」
こらえきれずこぼれた涙を隠すように、その場に座りこんだキキョウさんを置き去りにして、僕は大通りに抜けた。
変な感じだった。
胸にぽっかり空洞が開いたみたいに、何も感じない場所がある。
そこにもともと何があったのか、さっぱり思い出せない。思い出せないってことは、そんなに大したものではなかったのかもしれない。
殺したくないのに、殺してしまうこと。
殺せないから、殺してもらおうとすること。
そんなの、いいことなんかじゃない。
いいことなんかじゃないんだ。
殺すなんてことは。
だから、もうやめようよ。
お願いだから、もうやめてよ。
頼むから出てきてくれよ。
どんなにそう願っても、もう手遅れなのは分かっていた。
どんなに走り回っても、どんなに探し回っても、シロさんの姿はどこにもなかった。
――自分が殺せないからって、人に手伝ってもらおうとすることは、いいことではない――。
自分で言った言葉に、自分で嫌になる。
シロさんに全部背負わせて終わりになんてさせたら、僕は自分を一生許せない。
絶対に、そんなことさせたりしない。




