piece.31-11
「……分かった」
僕は足の屈伸をしつつ立ち上がり――すぐに動いた。
先手必勝だ。
僕みたいなへなちょこは、相手が油断してる隙に倒さないと勝率が一気に落ちてしまう。
卑怯とかそういうことを気になんかしてられない。
一人目に目潰しを食らわせて、その隙に二人目の頸部に思いっきり指を押し込む。
「じゅーう、きゅーう……」
シロさんのわざとへなちょこな言い方のカウントダウンが腹立つ。
意識が朦朧となっている二人目の頭部の急所めがけてシロさん仕込の蹴りをお見舞いする。
そしてすぐ間髪入れず、先に目を潰しておいた一人目の背後にまわり、関節を極めながら相手の体勢を崩す。
「……ろーく、ごーお……」
「うるさいっ! 気が散る!」
やかましいシロさんに怒鳴りながら、男の関節を外す。悲鳴が周囲へ聞こえないように口を塞ぐのも忘れない。
痛みで完全に戦意を喪失してしまった一人目に念押しで頸部を圧迫――と同時に二人目の意識も確認。
二人とも気絶。
よし、これで制圧完了だ。
10秒ジャスト……のはず。
どうだシロさん、僕だってやればできるんだ。見たか。
得意げに振り返った先に、シロさんの姿はなかった。
「え!? 嘘!? シロさん!? シロさんどこ行ったの!?」
慌てふためく僕に教えてくれたのは、さっき男たちに連れ込まれかけてた女の人だった。
「一緒にいた人なら、ケンカしてる隙にこっそりそこから逃げて行ったけど……」
「逃げた!?」
逃げた?
シロさんが逃げた?
誰から?
……え? もしかして僕から?
言われたことが理解できずにしばらく僕は呆然と立ち尽くした。
約束したのに。
10秒で倒したら、なんでも言うこと聞いてくれるって言うからがんばったのに。
……騙された……。
ふつふつと僕の腹の底から熱いものがこみ上げてきた。
「――ふ……っざけんなっ! くそシロめっ! 逃げんなっ卑怯者! まだオレは聞きたいこと全部聞いてないぞ! 戻ってこい! バカ――っ! バカシロ――っ!」
叫んだところで戻ってくるようなシロさんではない。
僕一人に戦わせておいて、最初っからいなくなる気だったんだ。
クリアしたら言うこと聞くだなんて、僕をはめるための嘘だったんだ。ああもう腹立つ。騙された僕のバカさにも腹が立つ。
冷静になってみたら、そんなことシロさんが素直に守るわけないんだし、怪しいって気づいても良かったのに。
ああもう悔しい。信じた自分に腹が立つ。ああもう僕のバカ。バカバカバカバカ!
「あのさ、盛り上がってるとこ悪いんだけどさ。あんたって前に会ったことあったよね? ほら、街道で馬車の車輪直してくれたフードの人と一緒にいた子だろ?」
男たちに絡まれていたお姉さんに声をかけられ、僕は我に返った。
いけないいけない、あんまり腹が立って周りが見えなくなってしまった。
女の人がいることをすっかり忘れてしまった。
「え? えーっと、車輪? ……あ」
化粧もしていないし、服装も街の人たちの普段着と変わらない。
暗がりだけれど、その顔には見覚えがあった。
動揺を見破られてはいけない。
僕は必死で、表面上は平静に見えるように努めた。
目の前にいたのは――シロさんがナナクサをしていたキャラバンのメンバーの――キキョウさんだった。
第31章 形代の黒
KATASHIRO no KURO
〜compensation〜 END




