piece.31-9
「別に俺はさ、あのバカがどうなろうと知ったこっちゃないんだよ。
どっちかっていうと俺が贔屓してんのはあいつよりお前。
あいつが自力で殺しをやめられなくなったら、お前はあいつを絶対に止めようとするだろ? だけど止めるにはもうあいつを殺すしかない。
あいつもバカだから、ジリ貧になって最後お前に泣きつくかもしれない。『殺してくれ』ってさ。
どうする? もしそうなった時、お前……あいつを殺せるか?」
前にも、同じ話をシロさんとしたことがあった。
あの時、僕は答えられなかった。
その時のシロさんは僕にこう言った。
キャラバンの演目のネタだって。
だけどそうじゃなかった。
シロさんはあの時にはもう、こうなることが分かってたんだ。
「そうなる前に……そうなる前に防ぐよ。絶対に防ぐ。
セリちゃんがナナクサになる前に……その前に絶対に止める。絶対にナナクサなんかにはさせるもんか」
シロさんは満足そうに笑みを深める。
その笑顔を見た瞬間、僕は息ができなくなるくらいに苦しくなった。
それくらい、優しい表情だった。
「……そう言うと思った。だから、それは俺がやってやるよ。
あいつに誰かが接触する前に、あいつや……俺たちのことを知ってるやつらを全部消してやる。そうすればもう、次のナナクサは生まれない。俺で終わりだ」
「待ってよ、そしたらシロさんはどうなるの? その人たちを殺したらシロさんは? だって、人を殺したら毒がうつるんだよ? シロさん言ってたじゃん、殺さないようにしてるって。
そんな悪い人たちを殺してたら、シロさんが戻れなくなっちゃうよ。シロさんに毒がどんどん積み重なって……シロさんが……」
「俺はもういいんだよ。
どのみち、上に噛みついちまったんだ。このままただで済むなんて思ってない。
……それに――……」
シロさんが笑った。
優しい笑顔で。
悲しくなるくらいにきれいな笑顔で。
「俺はもう、セリを殺したときに、死んだようなもんだからさ」
突然の告白に、頭を殴られたような衝撃を受けた。
「……シロさん……が……?」
「好きな女を殺すのなんて……あんなん、するもんじゃねえよ。だからお前はやめとけ」
「だめだよ! それでもやっぱりだめだ! オレはシロさんだって大事だから! セリちゃんだけじゃなくて、シロさんだって元気でいてもらわなくちゃ……!」
シロさんが笑いながら僕の目の下を指でなぞった。
僕の涙をぬぐってくれている。
「はは! お前、男も女もどっちもイケんのかよ。とんでもねえタラシだなあ。ハギよりタチが悪いぞ」
シロさんはずるい。
いつもは意地悪すぎるくらいに意地悪なくせに、こういう時ばっかり、すごく優しくなる。
こんな優しさ、欲しくなんかないのに。
こんなときに、笑ってなんか欲しくないのに。
「シロさん……オレと一緒にディマーズに行こうよ。今までのシロさんの毒を消してもらおう?
それでもう、こんなことはしないで、普通に生きていこうよ。シロさんもセリちゃんも、これ以上人を殺さなくていい方法をみんなで考えようよ? ……ね?」
言いながら、頭ではもう分かってた。
僕がどんなに頼んだって、シロさんが言うことを聞いてくれたことなんかない。
シロさんは自分が決めたことを、曲げたりしない。それは分かってた。
でも言わずにはいられなかった。
「……しんどいから、少し寝させてくれ。人が来ないか見張ってろ。誰か来たら起こせ。いいな?」
シロさんは一方的に用件を伝えて目を閉じる。
「なんかお前って、ほーんと……」
目を閉じたままシロさんが、またその言葉を口にする。
いつもその続きはない。
今回もきっとこの続きは言わないんだろう。
それは分かってた。
何度もこのやりとりをした。
これからも、きっと繰り返す。
僕はこの続きを教えてもらえる日が来るまで、何度だってこのやり取りを続けていく。何度だって。ずっと。
「本当……なに?」
シロさんは目を閉じたまま、鼻で笑った。
「……教えてやんねえよ」




