piece.31-6
「シロさん?」
「ハギだよ、ハギ。決まってんだろ? 俺がこんなになる相手なんか、もうハギしか残ってねえよ」
ハギ――その名前には聞き覚えがあった。
シロさんがよく使っていた偽名だ。
「ハギさん……とシロさんはどうしてそんな怪我をするまで……?」
「俺だってまさかハギがいるなんて思ってなかったさ。
でもまあ結果オーライってやつだな。手負いでハギに追われるなんて、さすがの俺もごめんだしな。最初にハギを片づけられて運が良かったよ亅
――片づけられて――?
僕は自分の耳を疑った。
あまりに自然とシロさんの口から出てきた言葉を、信じたくなかったから。
シロさんは目を閉じたまま喉の奥で笑いをかみ殺している。
「ウケるよなあ。俺がハギを殺るとかさあ、ありえねえよなあ?
あいつ、こんなとこで根っこ生やしちまっててさあ、女とガキまでいるんだってよ、バカじゃねえ?」
僕は何も言葉を返せなかった。
シロさんは今、いったい誰と話してるんだろう。
僕はハギという人を知らない。
なのにシロさんはまるで僕がハギという人を知ってるみたいに話をしている。
僕のことを、誰だと思って話をしているんだろう。
僕が無言でいたことに、不審に思ったシロさんがうすく目を開けた。
そしてその目が僕を映した途端、悲しげに揺らいだ。
話していた相手が、自分の思っていた相手じゃなかった。
そんな期待を裏切られたような悲しみを浮かべ、シロさんが自嘲的に笑った。
「……あー……。そうだった……。お前、ハギ知らねえもんなあ……」
苦しかった。
シロさんの抱えている苦しみが、僕に移ってきているみたいに。
僕の方が先に泣いてしまいそうな気がして、わざと無理やり明るい声を出す。
「ねえ、ハギさんって、シロさんとはどういう関係の人?」
「ハギはセリのお気に入りさ。セリのやつ、わざと俺の前でいっつもハギのことばっか褒めやがるし。ハギはハギで俺のことガキ扱いしやがるし。二人そろうと最悪なんだぜ? 俺はお前らのおもちゃじゃねえんだっての」
シロさんの口から出てきたセリという名前は、セリちゃんのことではないのだとすぐに分かった。
シロさんは、セリちゃんのことを決して『セリ』とは呼ばない。
シロさんが『セリ』と呼ぶのは、僕の知らないセリさん――つまり、セリちゃんの前にセリだった人のことだ。
「……仲が良かったんだね」
「よかねえよ。くそハギの野郎、くたばるギリギリまで俺のことガキ扱いしやがって」
そう口にするシロさんの口調は、まるで子供がふてくされているみたいに幼く見えた。
きっとシロさんにとってハギさんはお兄さんみたいな人だったんじゃないかって思う。
そんな人を、シロさんは……殺してしまったみたいだった。
「それで、こんな怪我を?」
シロさんは気だるげに僕を少し見上げて、またすぐに視線をそらした。
「あいつ、今思うと……腕が鈍ったんじゃなくて、手加減しやがったんだな……。
最後の最後までヘラヘラしやがって。くそ、むかつく」
「手加減してるのにシロさんをそんなに傷だらけにできるの? すごい人なんだね、そのハギさんって人」
シロさんはおもしろくなさそうに鼻を鳴らした。
「お前、絶対ハギのこと気に入りそうだよ。そもそも人たらしなんだよハギは。みんなあの外面に騙されんやがって。どいつもこいつも……」
むきになってるシロさんが子供っぽくて思わず笑ってしまった。だけど同じくらい悲しくなった。
シロさんはきっと、ハギさんのことが好きだったんだと思う。
なのに……。
なんでシロさんはそのハギって人を殺さなくちゃいけなかったんだろう。




