piece.31-1
その路地の向こう側は普通に見通せた。
明るいし、ゴミも落ちていないし、綺麗な路地だ。
不審なところはどこにもないように見える。
でも僕の目は、ある場所に釘付けになる。
路地の途中に、細い脇道があった。
人が一人、なんとか通れるくらいな幅の、先が見通せないくらいに薄暗くて細い裏路地。
通り抜けられるのか、行き止まりなのかもわからない。
そして、まるでその道に人が入ってくるのを拒むかのように、誰かが置いたらしいオブジェのようなものが立っていて、入り口を塞いでいる。
あの頃の僕なら、この道には絶対に近づかないだろう。
シロさんが言うところの『エサ』でしかない僕は、捕食者の縄張りに近づくことは死を意味する。
子どもの頃の僕は、直感でそのことを理解していた。
だけど、その細い裏路地から僕は目を離すことができないでいる。
……奥に、いる。
予感とも、確信ともいえるような気配。
この裏路地の奥に、何かがいる。
その気配が、僕にはなぜだか分かった。
光が翳る。
僕の足は、気がつくと障害物をまたいで乗り越えていた。
僕の頭は、行ってはだめだと言っていた。
僕の足は、僕の頭の言うことを聞こうとしなかった。
にぎやかな街のざわめきが、建物の壁でさえぎられたことで、急に静かになる。
空を覆うように、屋根が光を阻む。
世界が変わってしまったかのように、急にあたりが静かになる。
奥へ進む。
どんどん暗くなる。まだ昼間なのに。
侵入者を阻むように、細い道には障害物がたくさん置かれている。
足場の良くない細い道を、音を立てないようにして慎重に進む。
奥に用がなければ、誰もこの先に進もうとは思わないだろう。
けれど、もしかしたら奥にいる誰かがそう思わせるように、わざと物を置いたようにも思える。
そんな道だった。
そして、それは一瞬だった。
血のにおいを感じたと同時に、全身が総毛だつような寒気に襲われる。
とっさに声を出したのは、意識とは全く違う――完全な反射だった。
「シロさ……!」
自分でもなぜシロさんの名前を口走ったのか分からなかった。
あっという間に口を塞がれ、体勢が崩される。僕の目に刃物特有の鈍い光が映りこんだ。
――――死ぬ……!
僕の脳裏によぎったのは、首を切り裂かれて血を噴き出す自分の姿――。
でも刃物は僕の首を切り裂く寸前で止まった。
一瞬で僕を拘束した背後の誰かが、深く息をつく。
そして相手の体が、そっと離れていく。
「……おどかすんじゃねえよ……」
シロさんの声だった。
僕が振り返るのと、シロさんが倒れるように座りこむのは同時だった。
僕は言葉を失う。
「シロさん……その怪我……」
シロさんは血だらけだった。
暗がりでも分かるほどに。
怪我をしたばかりなのか、それともまともな手当てをする余裕もなかったのか。
シロさんがこんな大怪我をして、動けなくなっているところなんて、僕は今まで見たことがなかった。




