piece.30-10
巻き込まれると危険だからという理由で、僕は治療中のセリちゃんのいる部屋には一切近づけなかった。
談話室にまでセリちゃんの苦しそうな叫び声が聞こえてきて、僕は居ても立っても居られなった。
僕の隣にはレキサさんが座っている。
レキサさんだって体調が悪いのに、部屋に戻らずにずっと僕の隣にいてくれた。
憔悴しきった顔で、セリちゃんの声が聞こえるたびに一心不乱で祈ってくれていた。
少しずつセリちゃんの声が聞こえなくなって、静けさと不安で押しつぶされそうになるころ――。
メトトレイさんの部屋の扉が開く音が聞こえ、僕とレキサさんは同時に顔を上げた。
「今度呼ぶときは時間を考えて頂戴。私、家庭がある身なの、分かってると思うけど」
部屋から出てきたのは、メトトレイさん――と見間違えてしまうくらいにそっくりな迫力のある女性、フォリナーさんだった。
あからさまに不機嫌な表情を隠さず、いらだった様子で大股で歩いていく。
メトトレイさんに負けず劣らずの迫力と威圧感は、ディマーズのメンバーを完全に委縮させていた。やっぱりとっても怖い人なのだろう。誰も動けなくなっている談話室で、唯一動けたのは身内であるレキサさんだった。
「フォリナー叔母さん、こんな遅くに来てくれてありがとう。セリ姉の具合は?」
レキサさんに声をかけられたフォリナーさんは、さっきまでの機嫌の悪さはどこへやら、ぱっと顔が明るくなった。
「あらやだレキサ! こんな夜遅くまで起きてちゃダメじゃないの! 怪我してるんだから早く休みなさい!」
頭をなでなでしているフォリナーさんの手を、失礼にならないような丁寧で慎重なしぐさで遠ざけながらレキサさんは同じ質問を繰り返した。
「叔母さん、セリ姉は? セリ姉の具合は?」
レキサさんの真剣な表情に、フォリナーさんは肩をすくめるとため息交じりに答えてくれた。
「姉さんが治療にてこずってたから、かなり衰弱してるわ。この前みたいに死にかけてた方が大人しかったからすんなり治療できたんだけどね。
なかなか強情なところがあるのよね、あの子。私と姉さんの二人がかりで治療されてて、まだ抵抗するなんてね。大の男だってすぐに根を上げるのに。
まあ、数日は起きられないんじゃないかしら。じゃあ私は用も済んだし、疲れたから帰って寝るわ。もう日が昇りそうだけどね」
そう言って伸びをしながら帰っていくフォリナーさんと、緊急出動から戻ってきたレミケイドさんたちがかち合った。
「……っ、この度は……お疲れ様です」
「やっだ! レミケイドじゃない! 会えてうれしいっ! 相変わらずきれいなお顔! あーん! お肌ツルツル~!」
一瞬たじろいで言葉に詰まったレミケイドさんがお辞儀をするのと、さっきまでピリピリ怖いオーラをまき散らしていたフォリナーさんが満面の笑みでレミケイドさんに抱きつくのはちょうど同時だった。
なんとなく恐怖を感じてこの場にアダリーさんがいないか見回してしまう僕がいる。
幸運なことにアダリーさんは巡回の順番が回って来ていたためかこの場にはいなかった。
思わず安堵のため息をつくと、同じタイミングで他の人の吐息も聞こえたのは気のせいではなさそうだった。
僕以外にも同じことを考えている人もいたらしく、なんとなくみんなと暗黙の意思疎通ができている一体感を感じるのであった。




