piece.30-5
メトトレイさんが柔らかく目を細めてうなづいた。
「そうよ。もちろん表向きにはエイジェンの名前はどこにも出てこないけれど。
独裁者が消えれば、エイジェンも必要ない。これからの時代を生きるために必要な術だけを人々に託してエイジェンは消えるつもりでいた。そして実際にその存在は歴史からも人の記憶からも消えた……はずだった」
わずかに眉を寄せたメトトレイさんの言葉のあとを、セリちゃんが引き継いだ。
「消えずに隠れてしぶとく残っていたか……それか新しく生まれたエイジェンが、裏で暗躍していたってことですね」
そう口にするセリちゃんの声には自嘲的な響きがあった。
呼吸は苦しそうで、顔色も良くない。胸を押さえつけている手が震えていた。
セリちゃんの毒が暴れている。
「ここからはあくまで私の推測よセリさん。
きっと、今の世を許せないと感じたエイジェンがいたのかもしれない。『せっかく支配のない世界を作ったのに』『せっかく独裁者は消えたのに』って。
また世の中を暴力と支配の世界に戻そうとする存在が許せなかったのかもしれない。そう感じたエイジェンの志を持つ誰かが、再び人を消し始めた――かつての独裁者の素質を持つ人たちを」
メトトレイさんがセリちゃんの様子をうかがう。
セリちゃんは自分の胸を押さえながら、ずっと自分に「痛いの飛んでけ」をし続けている。
「……世界を……きれいに……」
セリちゃんがぽつんとつぶやいた。
その声にメトトレイさんが答えた。
「その言葉、あなたのお姉さんも口にしてたわ」
「メティさんは……違うん……ですよね……? 本当にエイジェンじゃあ、ないんですよね?」
おそるおそる尋ねたセリちゃんへ、メトトレイさんはあいまいな笑みを浮かべた。
「祖母も母も、もちろん私も、世界から消えることを選んだエイジェンの考え方に賛同する立場よ。排除だけでは何も変わらないし、変えられないって思ってる。……でもね、現実はうまくいかない。
みんなが平和で心穏やかに生きられる世界を目指して、ディマーズというギルドを支えてがむしゃらにやってきたけれど、残念だけど、力で解決しなければならないこともたくさんあった。むしろそんなことばかりしかなかったわ。
人に危害を加えるような相手なら当然拘束もしたし、厳しく処罰したこともあったし……もう一度世に放つことがためらわれるような相手なら、やむをえず命を奪うこともあった。
いつもどこかで葛藤を抱えてたわ。
私も、かつての独裁者と同じになってしまうんじゃないかって」
そこでメトトレイさんは一度、口を閉じてレミケイドさんをちらりと見た。




