piece.30-4
セリちゃんの言葉を受けて、メトトレイさんは曖昧な笑みを浮かべた。
「それはあくまでも仮説よセリさん。私は母から聞いた昔話しか知らない。今のエイジェンは私の知っているエイジェンなのかは私も分からない。だからもう少しだけ私の話を聞いてくれる?
ねえレミケイド、私にもその苦くておいしくなさそうなお茶をいただける? だめね、気を抜くと意識が落ちそう。気つけになるかしら」
メトトレイさんは気だるげに大きな息をついた。忘れてしまいそうになるけれど、メトトレイさんの体調だってお世辞にも良い状態とは言えない。
レミケイドさんがポットに残ったお茶をカップへ注ぎながら、控えめに忠告する。
「ボス、少し眠ってから再開した方がよいのでは? もう何度も体に障ると伝えてますが……」
レミケイドさんの提案をメトトレイさんは手ぶりで却下する。
「駄目。意識が落ちるとすごく怖い幻覚みたいなのを見るのよ。怖くて目を閉じていられないの。盛られた薬の作用が切れるまでは横になるつもりはないわ。
それに話をしてた方が調子が戻ってくるみたい。少しずつだけど意識がはっきりしてきたわ」
セリちゃんが弱々しく苦笑しながら、会話に混ざる。
「ああそれ、たぶん私も体験ありますよ。とんでもなく怖い夢見るやつですよね。
それにしてもメティさん、本当に元気ですね。たぶんかなりの量を盛られてると思うんですけど、こんなにはっきり会話のやり取りできてる時点で奇跡ですよ」
僕から見たら全然メトトレイさんは元気に見えない。
でもセリちゃんからしたら今のメトトレイさんの状態は奇跡的な状態らしい。
普通の人だったらどれだけひどい状態になるんだろう。そうは思うけれど、確認してみたいとまでは思わなかった。
「あらやだ、セリさんもこれを体験済みなの? あんな怖い夢、生まれて初めて見たわ。世の中には怖い毒薬がたくさんあるのね。嫌になるほど勉強になったわ」
静かにしていたレミケイドさんが控えめに咳ばらいをする。
話が脱線しかかっていたのを修正したいらしい。その意図を汲んでメトトレイさんが話を再開した。
「どこまで話したかしら。ああ、そうだったわ。セリさんと私の祖母のルーツは同じかもしれないってところまで話したわね。
『正義のエイジェンは、恐怖と排除で世界を支配していた悪の独裁者を倒し、世界を私たち一人一人の手へと委ねてくれた。こうして世界は私たちみんなのものになりました。めでたしめでたし』……よね?
だけど、世界が人々の手に渡されるやいなや、独裁者はふたたび現れてしまったの。そう、人の数だけね。
新しく生まれた小さな独裁者たちは、自分たちの小さな世界の支配を広げていった。せっかく世界を解放したのに、またしても世界は支配するものと支配されるものに戻ろうとしていた」
「だからまた消し始めたんですか? 小さな独裁者たちを」
メトトレイさんに向けて発せられたセリちゃんの声は冷たかった。
メトトレイさんを見つめる瞳も冷たかった。
「私が母から聞いた話では、エイジェンは本来の独裁者がいなくなった時点で、世界に関与することはやめたと言われているわ。祖母はエイジェンを継がなかったし、もちろん母にも継がせなかった。
独裁者の消えた世界でエイジェンたちがやったことといえば、世界を支え、自らの手でより良い世界を作り上げていく人材の育成。つまり今あるギルドの起源を作ったことだと言われているの。
ディマーズもエヌセッズもラスも……おそらく、今現存するギルドのほとんどは、かつてエイジェンだった人たちの指導や援助によってここまで成長したと言われているわ」
セリちゃんが呆然とした表情でつぶやく。
「……え? みんな、もともとはエイジェンが作ったってことなんですか?」




