piece.30-1
「どこから話せばいいかしらね。
そうね、人々の記憶から、消し去られてしまった昔話でもしてみましょうか」
そう言って、メトトレイさんは疲れた笑みを浮かべて語り始めた。
長い長い昔話を――。
「少し昔、この世界のほとんどは、ある独裁者一族によって支配されていたの。その独裁者は他人を信じられず、暴力と恐怖で人を支配していたと言われているわ。
その独裁者が、自分にとって都合の悪い存在を消し去るために作ったのが『エイジェン』と呼ばれる集団――要は独裁者のために作られた専属の始末屋みたいなものね。
それこそ一流の腕の殺し屋たちが仕えていたと言われているわ」
「え? そんな話、初めて聞きました。それって有名な話なんですか?」
僕の質問にメトトレイさんは首を横に振った。
「表向きには知られていないわね。独裁者一族のこと自体は、歴史の本を読めば存在は簡単に見つかるはずよ。
ただしその凄惨な支配については、一切歴史には残されていないの。
独裁者にとって不利益な記録を残しかねない人物は一人残らずエイジェンに消されてしまっていたから、史実の中には当たり障りのない記録しかないのは当然よね亅
淡々とした表情でメトトレイさんは語る。まるで、自分がその光景を見てきたかのように。
「もしかしたら当時、風の噂程度には、エイジェンのことは知られていたかもしれないけれど、誰に聞かれるかわからない状況でそんな話をするような人はいなかったんじゃないかしら。
それこそ、そんな話を広めようものなら、すぐにエイジェンに消されてしまう。
エイジェンの存在を知っているのは、独裁者一族とエイジェン当人だけ……」
その言い方は、メトトレイさんがその当人であると言っているようなものだった。
僕の隣でセリちゃんが驚きを隠せない表情でメトトレイさんを見つめる。
「……それって、まさかメティさんが……?」
でもメトトレイさんは、笑って首を横に振った。
「ふふふ、もう! 違うわよ。いったい私のことをいくつだと思ってるの。昔話って言ってるでしょ。私がそんなに年寄りに見える? ご期待に沿えなくて残念だけど私はエイジェンではないわ。もちろん独裁者の血縁でもないわよ。
でもね、私の祖母はエイジェンを継ぐために訓練されていた子供だった。だからこの話は、私の祖母から私の母へ、そして母から私に、密かに語り継がれてきた秘密の昔話なの」
メトトレイさんのおばあさんが、エイジェンに訓練されていた子供……?
「……それって……」
尋ねるセリちゃんの声がかすれている。
メトトレイさんはセリちゃんの言葉にうなづくと、言葉を続けた。
「暗殺の技術を絶やさないように、エイジェンたちはそれぞれに自分の跡継ぎを育てていたの。自分の子供に継がせる人もいたし、素質のありそうな子供を見つけては自分の子供として育てていた人もいたみたい。
そうやって長い間、代々エイジェンは独裁者一族の栄華を陰から支えてきたと言われているわ」
メトトレイさんがもっともらしい話をしているけれど、僕はそんな話は一度も聞いたことがない。
だから、すぐには信じられなかった。
だって、そんなすごい独裁者なら今だってこの世界を支配してたっておかしくないはずなのに。
どうしたって僕は、一度だってそんな話は聞いたことがなかった。




