piece.29-10
緊張で体がこわばってしまった僕とは違い、セリちゃんは困ったように笑うと、肩をすくめて首を振った。
「どうなんですかね……。昔の知り合いかもしれないし、違うかもしれない。
私がその人を知らなくても、向こうは『セリ』という私を『妹』として知っている可能性があるので、そういう心当たりはならあります。ナナクサという名前も受け継がれていくみたいで、私の知ってる人なのかどうかも、会ってみないと分からないです」
意外だった。
僕はナナクサはシロさんだと思っていた。セリちゃんもきっと、ナナクサの正体はシロさんだと思ってると思ってた。
でも今のセリちゃんの言葉は、シロさんではない人がナナクサをしていると言ってるように聞こえる。
もちろん僕だって、シロさんが理由もなくレキサさんやメトトレイさんにひどいことをするような人だなんて思ってない。
もしかしてセリちゃんは、シロさんをかばっている――?
それとも本当に、他にいるかもしれないセリちゃんやシロさんの仲間だった人が――その人がナナクサになっているっていうなら――。
ナナクサは、シロさんじゃないかもしれない。
その可能性の存在に、どこかほっとしている僕がいた。
「ねえ、セリさん。あなたは自分のいたところのことをどれだけ知ってるのかしら。……と、いうよりも、もしかしたら言い方が違うのかもしれないわね。どれくらい覚えているのかしら。
さっきアダリーから聞いたけれど、再現症状が起きたようね。なにか当時のことは思い出せた?」
「……あまり……たいしたことは……。ただ、私たちみたいなのは、あちこちにいるって言われたことがあります。私たちだけじゃないって。
……それこそ……さっき起きた再現症状で思い出したばっかりの記憶ですけど……」
「あなたのお姉様は、かなりの事情通だったわ。私のことも知っているみたいだった」
「……? メティさんのことを知ってるって、どういうことですか?」
「エイジェン」
メトトレイさんは一言、そう告げた。
僕はセリちゃんの方を見るけど、セリちゃんもよく分からないみたいで、不思議な顔をしている。
「そう、やっぱり知らないのね。
でもそうね……知っている人間の方がとても少ない。彼女が口にしたことの方が驚きだわ」
メトトレイさんの意味深な言葉に、僕とセリちゃんが顔を見合わせたちょうどそのタイミングで、紅茶の準備を整えたレミケイドさんが戻ってきた。
部屋の中にすっきりとした香りが広がった。
「ああ、いい香り。たしかにこの香りだけでも少し気分が良くなるわね。レミケイドも一緒に飲みましょう。お茶を淹れたらそこに掛けて」
レミケイドさんが人数分のカップにお茶を注ぎ、席につく。
メトトレイさんが一番に口をつけ、ほっと息をついた。
「……はあ、やっと無事に戻ってこれた実感がわいたわ。
ねえセリさん、これから私が話そうとしている話は、あなたの知らない、あなたがいた組織の話になるわ。これを知ることは、あなたがますます自分の毒に苦しめられることになるかもしれない。
そして、その子――カイン君を危険な目に遭わせることになるかもしれない。そういう話になると思うわ。……どうかしら、それでも聞きたい?」
セリちゃんの瞳が揺れる。
セリちゃんはメトトレイさんの視線を避けるように下を向くと、じっと紅茶のカップを見つめていた。




