piece.29-4
セリちゃんの目はうつろで、どこかを一点に見つめたまま、なにかをつぶやいている。僕の声はまったく聞こえていないらしい。
「なんで……? どうしてなんですか……? どうしたら……許してくれるんですか……?」
セリちゃんがどこにもいない誰かとしゃべっていた。
空虚な目から、とめどなく涙が流れ続けている。
「どうしたらみんなを傷つけないでくれるんですか? お願いですからもう……やめて……おねがい……」
セリちゃんがここにはいないはずの誰かと話している。
僕を通り過ぎた先の、何もない虚空を見つめながら――。
それでも無意識なのか、時折胸を強くつかみ、そのたびに体が苦しそうに痙攣する。
せっかく覚えた、痛いの飛んでけの治療じゃなくて、ずっと自分を傷つけ続けた毒消しの技を使っているのが分かった。
だめだよセリちゃん、せっかく元気になったのに。
また毒の治療をそんなにしたら――。
「セリちゃん! お願いやめて!」
セリちゃんの肩を揺さぶっても、セリちゃんの瞳は僕をうつさない。
僕を通り越した、ずっと先を見つめている。
「私はどうなってもいいから……みんなにひどいことしないで……おねがい……。私はどうなっていいから……」
「だめだよ!」
僕は思いっきりセリちゃんの顔をたたいた。
さっきアダリーさんがやっていた時みたいに。
「セリちゃん! 正気に戻って! ここにナナクサはいないんだよ! しっかりして!」
手が痛い。
これと同じ痛みを僕はセリちゃんに与えてしまっている。
セリちゃんを傷つけたいわけじゃない。セリちゃんに痛い思いをさせたいわけじゃない。
だけどこのまま放っておいたら、セリちゃんはナナクサに囚われてしまう。
「セリちゃん! お願い! 僕のことを見て!」
セリちゃんをたたくしか、方法が思い浮かばなかった。
ごめん、セリちゃんごめん。でもこのままにしておけない。
僕の手がしびれてきたころ、ようやくセリちゃんの目の焦点があってきた。
「……カイン……? ……あれ……? わたし……」
「大丈夫だよセリちゃん、ここには僕しかいないよ。大丈夫、ナナクサなんかいないから」
震えるセリちゃんの体を抱きしめながら僕は言った。でもセリちゃんはゆっくりと首を振った。
「……いるよ。団長が近くに来てる。私の中にいる毒が共鳴してる」
セリちゃんがまだ正気じゃないのかと思ったけど、セリちゃんの目はしっかりと僕のことを見ていた。
だから寒気がした。
正気のセリちゃんが、ナナクサが近くにいるとはっきり告げていること。
そしてセリちゃんがナナクサのことを『団長』と呼んでいることに。
「……え……? 共鳴って?」
自分の声がかすれているのを、僕の耳は他人の声のように聴いていた。
僕の腕の中で、セリちゃんが震える自分の体をさすっている。
「昔ね、ノームのおじいちゃんに言われたことがあったの。
私の中にある毒を何度消そうとしても完全に消えてくれないのは、どこかに繋がってる根っこがあるからだろうって。
植物ってね、種で増えるものもあるんだけど、根っこで繋がって増えていくものもあるんだって。
私がそれ。離れていても団長とつながっていて、団長と根っこで繋がっていて、そこから絶えず毒が私に注がれている」
「でも! ナナクサはセリちゃんが……」
殺したって、言ってたじゃないか。
好きだったナナクサを殺してしまったって、泣きながら話してくれたじゃないか。
喉元まで出かかった言葉を、僕は飲み込んだ。




